
[人数]4人(男2/女2) [想定時間]20分 [カテゴリー]不条理・ナンセンス
【あらすじ】
超高級ラブホテルで互いに不倫現場に出会ってしまった父と娘とそれぞれの不倫相手のやりとり。娘とその不倫相手がラボホテルに入ると、トラブルで待たされることに。そこに父とその不倫相手がやってきてしまい、娘と父は出くわすことになる。4人の間ではちゃめちゃな理論が展開されていく……
【登場人物】
正雄
佳恵
マリコ
ヒロシ
マリコとヒロシが登場する。
ヒロシ ……トラブル? ああ、そうですか。どれくらいかかりますかね? ……20分、(マリコに)どうしよっか。
マリコ あたしは大丈夫。
ヒロシ あ、じゃあ待ちます。……ええ、はい。
マリコとヒロシはイスに座る。
ヒロシ 少し緊張してるかい?
マリコ ええ。だって、あたしいまだに慣れないのよ、こういう、超高級ラブホテルみたいなところ。
ヒロシ いや、超高級ラブホテルみたいなところじゃないよここは。正真正銘の超高級ラブホテルだからね。
マリコ 待って。あたしそういう意味でいったんじゃないのよ。これだけは言わせて。あたしの名誉にかかわることだから。あたしは知っていたのよ、ここが正真正銘の超高級ラブホテルだって。だって、そんなに世間知らずじゃないわ。
ヒロシ じゃあ、なぜ超高級ラブホテルみたいなところなんて言ったんだい。
マリコ だってそれは、つまりね、いいのよそんなことは。つまらないことだわ。
ヒロシ キミが言いだしたことじゃないか。
マリコ いいのよそれは。私は知ってるのよ、超高級ラブホテルのなんたるかを。なにせ超高級ラブホテルですからね、つまりそれは超高級な愛のホテルなのよ。
ヒロシ キミそれは世間知らずというものだよ。いいかい。「アイ・ラブ・ユー」は「私はあなたを愛してる」だ。「ユー・ラブ・キャット」は「あなたは猫を愛してる」だ。となると「超高級・ラブ・ホテル」は「超高級はホテルを愛してる」だろう。
マリコ そんなの、それくらいあたしだって知ってるわ。「超高級はホテルを愛してる」でしょ。知ってるわよそれくらい。でもそれってよくよく考えるとおかしいことだと思わない? だって超高級ラブホテルでは人が人を愛するのよ。超高級がホテルを愛するわけじゃないじゃない。
ヒロシ まあ、いいじゃないか、そういう哲学的な話は。つまらないことだよ。
正雄が登場する。
マリコ あ、
ヒロシ 知り合い?
マリコ いや、でも、別人かもしれないわ。
正雄 一人は後で。……ああ、そうですか。……ええ待ちます待ちます。はいはい。(メガネを拭き始める)(マリコとヒロシに)あ、ここいいですか。
ヒロシ ええ、どうぞ。
正雄 どうもどうも。
正雄はイスに座る。
マリコ お父さん……。
正雄はメガネをかける。マリコが目に入る。
少し間を置いて、正雄は取り乱しイスからコケる。
正雄 (パニック状態で、様々なジェスチャーを交えながら)おおおお、おおおお! おお、おお、おおおお!
ヒロシ まぁまぁ落ち着いて下さい。
正雄 (マリコを指して)マリコ……!(自分を指して)父さん……! (ヒロシを指して)誰だ……!
ヒロシ 山岡ヒロシです。
正雄 誰だ!
ヒロシ は? ですから、山岡ヒロシです。
正雄 そんなこときいてるんじゃないんです。私の娘となぜここいるのかきいているん です。
ヒロシ きかなくてもわかるでしょう。ラブホテルなんですから。
正雄 そうではなくて、私は、どういうつもりかときいているんです。
ヒロシ は? ですから、愛を育むつもりですよ。
正雄 あなたよく娘の父親にそんなこと言えますね。
ヒロシ はあ。
正雄 おいマリコ、お前なにしてんだ。
マリコ なにが?
正雄 誰だこの男は? お前にはきちんと夫がいるじゃないか。これはあれだ。浮気だぞ。
マリコ 浮気じゃないでしょ。不倫でしょ。
正雄 どっちでもいいよ。
マリコ よくないわよ。私は真面目に不倫してるのよ。
正雄 どっちでもいいんだそれは。父さんがショックなことにかわりないだろ。
マリコ だいたいお父さんこそ、なんでこんなところにいるの?
正雄 ……え? なんだその質問は?
マリコ なんでこんなところにいるのってきいてるのよ。
正雄 (上着を脱ぎながら)なるほどな。つまりマリコ、お前はスフィンクスだったんだな。なにせ、そんな難しい質問は初めてだからな。
マリコ は?
正雄 でも、違うんだ、父さんがこうしているのは、つまりは、そう、つまりは、母さんと愛を育みたいと、そう思ったんだ。そう、つまりね、違うんだこれは。
ヒロシ (服を脱いでいる)
正雄 おい、なぜ君は服をぬいでいるんだ。
ヒロシ なぜって、だってあなたも脱いでいるでしょう。どうして僕が脱いではいけない んです。
正雄 いけないとは言っていないんです。いや、いいんですそんなことは。
佳恵が登場する。
佳恵 あ、正雄さん。お待たせ。
ヒロシ どなたですか?
正雄 いやあ、なるほど、あなたもスフィンクスだったのですね。難解な質問だ。
ヒロシ はあ。
正雄 (佳恵に)佳恵ちゃん、ちょっと向こうに行って耳塞いでもらってていいかな。
佳恵 どうして?
正雄 いいからいいから。
佳恵 ええ。
正雄 ……(ヒロシに)妻です。
ヒロシ 奥さんですか。
正雄 ええ。
マリコ 誰?
正雄 なんだマリコ自分のお母さんの顔も忘れちゃったのか。
マリコ は? どういうこと?
正雄 これは、違うんだ、だって、これは、お前らだって同じなんだからな。
マリコ 一緒にしないでよ。お父さんのはどうせ浮気なんでしょ? 私たちは不倫してんのよ?
正雄 いや、いいんだよそんなことは、
佳恵 まだ?
正雄 と、とにかく、彼女はとても一途なコなんだ。父さんのこと独身で子供もいないと思っている。
マリコ (脱ぐ)
正雄 なぜ脱ぐ?
マリコ は、文句あんの?
正雄 いや、いいんだそれは。とにかく、お願いします。ことが荒立たないように、ね、ね。(佳恵に)はい、もういいよ佳恵ちゃん。
佳恵 なんだったの?
正雄 なんでもないよー。ふふふふ、(マサオたちに)いやあどうもどうも失礼しました。
マリコ おいじじぃ。
佳恵 え?
正雄 いやいや佳恵、いいんだ構わなくて。
佳恵 だって、なんなの、知り合い?
正雄 いや、つまりこれは、ゴルフ仲間なんだ。わかるかい、ゴルフをする仲間だよ。
佳恵 へえ。気まずいね。
正雄 ……あははは、気まずいよなあ、ラブホテルでゴルフ仲間に遭っちゃうなんてな。あはは、あはは。
マリコは正雄の足を蹴る。
正雄 すいません。
ヒロシ ……(佳恵に)あなたは、そちらの方とはどういうご関係なんですか。
佳恵 どういうご関係? 面白い質問ですね。男女がラブホテルに来てんだから、そんなの恋人に決まってるじゃないですか。
正雄 そりゃ、そうじゃないですか。恋人じゃなきゃこんなとこくるわけないでしょう、(佳恵に)なあ?
佳恵 (脱いでいる)
正雄 どうしてお前まで脱ぐんだ。
佳恵 え、ごめんなさい。ダメよね。そりゃそうよね。
正雄 いや、別にダメというわけじゃないんだ。いいんだ。それはそれで。
ヒロシ じゃあ、奥さんではないんですね。
佳恵 ええ。将来の奥さんですけどね。
ヒロシ そうですか。
正雄 へへへ、まぁまぁ、
ヒロシ じゃあ、愛人でもないと。
佳恵 愛人?
正雄 何言ってんですか、バカ言わないで下さいよ。
ヒロシ そうですか、失敬。
佳恵 そちらは、恋人同士なんですか。
ヒロシ ええ。まあ、将来の夫婦ですけどね。
正雄 え?
ヒロシ はい?
正雄 今なんて言いました?
ヒロシ ホールインワンって難しいよねって言いました。
正雄 言ってませんね。将来の夫婦って言いました?
ヒロシ ええ。二ヶ月後は夫婦になってる予定です。
正雄 二ヶ月後……!?
ヒロシ どうかされましたか、ゴルフ仲間。
正雄 ほほう……、いやしかし、それは、気が早いんじゃないですかねえ。
ヒロシ しかし、2年前から話し合ってきたことですから。
正雄 2年前⁉ 2年前からお付き合いされてるんですか?
ヒロシ おかしいですか?
正雄 いやぁ、おかしくは、ないですかねぇ。なにせゴルフ仲間の話ですからねえ。ただもし仮に、私が彼女の父親だとして、しかもこれが不倫だったとすれば、私はキミを八つ裂きにしているでしょうね。
ヒロシ 心配には及びません。僕は空手五段ですから。
正雄 そうですか。それは大丈夫だ、ははは、
ヒロシ 笑わないでくださいよ気持ち悪い。
正雄 あはは、失礼失礼。
ヒロシ もう、本当に気持ち悪いんですから。バカ。
正雄 もう限界だ。なんだこれは、俺は、複雑だぞ! 不倫相手とご対面してる俺、娘の不倫現場に居合わせた俺、ラブホテルにいるところを娘に見られて気まずい俺、浮気がばれないようにひやひやしてる俺、なんだこれは、俺は4人に分裂したいよ!
佳恵 正雄さん。
正雄 いいんだ。正直に言うよ。俺には奥さんがいるんだ。つまり、これは浮気なんだ。
佳恵 そんなの知ってるわよ。
正雄 知ってたのか……?
佳恵 だってさっきここで言ってたじゃない?
正雄 ええ! だって、キミは耳を塞いでいたんじゃないのか?
佳恵 そんなの、塞いでたって、聞こえるものは聞えるでしょ?
正雄 なんてことだ……!
佳恵 私はそれでもいいんです。私が正雄さんを好きでいる。それだけで私の人生なんです。
正雄 佳恵……。
佳恵 (脱ぎながら)私の隣に正雄さんがいる。私が冗談なんかを言う。正雄さんが笑う。それを見て私も笑う。それが、私の人生全てなんです。人を笑顔にする。十分じゃありませんか、それで。
ヒロシ (脱いでる)(拍手)素晴らしい。ご立派です。
佳恵 あなたも、これ以上正雄さんをいじめないであげてください。
マリコ かばうんですね。
佳恵 ええ。……そうなのね、あなたはきっとまだこの話をきかされていないのね。
マリコ なんの話ですか?
佳恵 実は、正雄さん、お医者さんに言われたのよ。
マリコ 何を言われたんですか。
佳恵 あなたが探していたのは、内科医ではないかい? って。
一同沈黙。
マリコ なるほどねぇ。
佳恵 ……正雄さん、あと3年しか生きられないんですって。
マリコ え?
正雄 すまない。言おう言おうとは思ってたんだが、実は、そうなんだ。
マリコ ああ……。
沈黙。
マリコ (佳恵に)すみません。
佳恵 ええ。
マリコ もう1回言ってもらってもいいですか。
佳恵 ええ。あと3年しか生きられないんですって。
マリコ 私が?
佳恵 違うわ。あなたじゃないわ。あなたのお父さんのことよ。
マリコ 私のお父さんって、一人目のお父さんですか。それとも、二人目のお父さんですか。
佳恵 複雑な家庭なのね。わかったわ。一人目のお父さんか、二人目のお父さんか、私は知らないけれど、わかりやすく教えてあげる。今ここにいる、正雄さんが、あと3年しか生きられないのよ。
マリコ 三人目のお父さんですか。
ヒロシ キミのお母さんは、男の人と相性が悪いんだね。
正雄 (脱いでる)今まで真面目に働いて、何も悪いことしてない人間が、あと3年で死ぬんだぜ。笑っちゃうよな。
佳恵 あははは。
正雄 笑うな!
佳恵 正雄さんどうして? 正雄さんが笑っているなら、私も笑っていたい。
正雄 すまない、言い過ぎた。
佳恵 (脱ぎながら)ですからね、正雄さんのことは責めないであげてほしいんです。……残り3年しか生きられないんです。好きなことをさせてあげたいじゃないですか。正雄さんに、笑顔でいてもらいたいじゃないですか。
ヒロシ なるほど。
佳恵 私、正雄さんの苦しみを考えると、苦しくて苦しくて、死にそうなんです。
マリコ 大丈夫ですか。
佳恵 苦しい、苦しい。本当に死にそう。もしくは、妊娠しそう。
ヒロシ どっちですかねえ?
佳恵 これは、きっと、死ぬ方だわ。
ヒロシ はぁ、難儀ですねえ。
佳恵 私、きっと、あと、57秒で死ぬわ。
ヒロシ そうですか、(腕時計を見て)確かめてみましょうか。
佳恵 でも、お願い。死ぬ前に、これだけは、言わせて。
マリコ なんでもききます。なにせ死ぬ前の一言です。誰の人生でも、死ぬ前の一言というのは、非常に重要なものだと思います。しかし、それに比べて生まれるときの一言というのはあまり重要ではないのでしょうね。なにせ、みんな一様にオギャーとしか言いませんから。ですが、死ぬときの言葉はみな違います。なにせみんな、きちんと言葉を話すことができるのですから、
佳恵 言わせて……!
マリコ すみません、どうぞ。
佳恵 あなた、トラックで、荷物を運んでいるのね? もしかしてあなた、運送屋さんなの? ……うん、そうやぁ……。
マリコ ……。
佳恵 ダイ・ハード……。
佳恵は死ぬ。
正雄 佳恵?
ヒロシは佳恵の脈をはかる。
ヒロシ ああ、死んじゃいましたね。
正雄 ……!
ヒロシ 大変な人生でしたね。
マリコ でも、こうしてみると、死ぬ前の一言っていうのも、あまりなんともないわね。
ヒロシ そりゃあ、死ぬ前だからって、普段と変わるものではないよ。しかしそれよりも重要なのは、この方が死ぬまでに63秒要したということだ。57秒で死ぬと言っていたにもかかわらずだ。
マリコ それはでも、そういうものでしょ。だって、未来のことなんか誰にもわからないんだから。
ヒロシ そう、そこなんだ重要なのは。未来のことは誰にもわからない。だから難しいんだ、人生の計画を定めるのは。
正雄 どうすればいいんだ……?
ヒロシ はい?
正雄 警察、呼んだ方がいいのか?
ヒロシ でも、そしたら、あなた逮捕ですよ。あなたが殺したんですから。
正雄 え、俺が殺したのか?
ヒロシ そうでしょう。あなたのことを思って、苦しくて死んだんですから。
正雄 そんな……!
ヒロシ まぁ、ドンマイ。
正雄 佳恵、待ってろよ、俺もすぐ行くからな。あと3年。あと3年だ。……おい、ちょっと待て、あと3年だぞ。どうしてお前たちはそんなに反応が薄いんだ。
マリコ は?
正雄 かわいそうだろ。もっとかわいそうな感じになるのが筋だろ。
マリコ そんなこといったら、これなんてもう死んじゃったのよ。
正雄 おい、これっていうな。
マリコ だってこれでいいでしょう。もう物なんだから。
正雄 お前なんてこというんだ。
マリコ なによ、人が死んだくらいで騒いで。だって、人間なんて死んでる方が普通なのよ。生まれる前はずっと死んでたんだから。生きてる方が変なのよ。
正雄 なんだそれは。
マリコ なんなのよ。3年で死ぬ? いいじゃない、その3年間の人生の計画が立てられるんだから。私たちなんていつ死ぬかわからないから、人生の計画が定まらないのよ。
正雄 それは、そういうことじゃないだろう。
ヒロシ ま、天罰が下ったんでしょうね。これと浮気なんかしていたから。
正雄 これっていうな。天罰だ? じゃあお前にも天罰が下るな。お前たちも浮気してんだからな。
マリコ だから不倫だって言ってるじゃない。
正雄 だから同じだろ、浮気も不倫も。
マリコ どうして同じなのよ。わかってないわ。どうせお父さんはこれのこと本当は愛してなかったんでしょう。
正雄 愛していたよ。本気で愛しいていたんだ。
マリコ そう、本気でね。
正雄 お前らはどうなんだ。え?(ヒロシに)お前は、マリコのこと本気で愛してんのか?
ヒロシ ええ。僕は、普通に愛してますよ。
正雄 ほら見たことか。マリコ、こいつはお前のこと普通に愛してんだとよ。
マリコ あたしもヒロシのことは普通に愛してるわよ。
正雄 なんだお前ら。どうして本気で愛さないんだ。おいマリコ、どうしてこんなやつと一緒にいるんだ。
マリコ だって、そんなの愛してるからに決まってるじゃない。
正雄 なんでこんなやつのことを愛してんだ。
マリコ そんなの、愛するのに理由なんてないでしょ。普通に愛してるのよ彼を。彼を愛するのが当たり前なのよ。結局お父さんはね、これのことを愛してなかったのよ。
正雄 違う、俺はこれのことを愛してたよ。
マリコ いや、お父さんはこれのことを愛してなかったのよ。
正雄 本当にこれのことを愛していたよ。
マリコ じゃあ仮に、超人気アイドルがやってきて、お父さんに告白したとしたら、どうするのよ。
正雄 それは、それは、お前はスフィンクスだからな、それは、難しいよ。
ヒロシ (脱いでる)そういうことなんですよ。つまり、私たちは、不倫なんです。浮気じゃなくてね。わかりましたか、正雄さん。
正雄 なぜお前に正雄さんって呼ばれなきゃいけないんだ。
マリコ いいじゃない、私だって陰では正雄って呼んでんだから。
正雄 え、正雄って言ってんのか?
マリコ 当り前でしょ、あんたのことお父さんだと思ってないから。
ヒロシ ま、そういうことだから、正雄さん。
正雄 お前は正雄さんって言うな。
ヒロシ じゃあ、マサぴょん。
正雄 あぁ!
ヒロシ (マリコに)マサぴょん面白いね。
正雄 おいお前、こんなことしてただですむと思ってんのか。お前は、マリコの家庭を壊したんだぞ。どう責任取るんだ。
ヒロシ あなた、自分を棚に上げてよくそんなことが言えますね。
正雄 関係ないんだそれとこれとは。
ヒロシ しかし、壊れていたんですよ、それはもともと。彼女の夫が不倫していたんですから。
正雄 ……え、え?
ヒロシ ですから、彼とは円満に協議離婚していただいて、僕と結婚しようと。
正雄 ん、ん?
ヒロシ まあ、大丈夫です。僕も、今の奥さんと別れますから。
正雄 待て、お前も結婚してるのか?
ヒロシ はい、まあ。
正雄 じゃあ、なにか? この3人はみんな結婚しながらにして不倫してんのか?
ヒロシ ええ、そうなりますね。
正雄 どうなってんだこの国は! 性が乱れている!
ヒロシ まあそういうわけで、2カ月後に結婚予定ですので、よろしくお願いします。マサぴょん。
正雄 てめえ、てめえよ!
ヒロシ はい?
正雄 仕事は何やってんだ。どうせロクでもない仕事だろ。
ヒロシ 普通のサラリーマンですよ。
正雄 どこの会社だ?
ヒロシ コンドル・カンパニーっていう、結構大きな会社ですけど。
正雄 (無気味な笑い)ザマァ見やがれ……! 俺もコンドルで働いてんだ。
ヒロシ ああ、そうなんですか。
正雄 (脱ぎながら)こう見えて、俺は会社じゃ結構偉い方なんだぜ。社長ともかなり仲良しだしな。若造の社員一人や二人簡単にクビにできるんだ。へへへへへ、ザマァ見やがれ!
ヒロシ へえ、仲がいいんですね、僕の親父と。
正雄 (驚愕)ま、まさか、山岡社長の、ごご、ご子息でいらっしゃいましたか……!
ヒロシ ええ、まあ。
正雄 (無気味な笑い)
ヒロシ (マリコに)マサぴょん、きっとコメディアンの才能があるよ。
正雄 あのぉ、あのぉ、
ヒロシ はい?
正雄 もしかして、あのぉ、私、クビになったりとかしませんよね。
ヒロシ あぁ、どうでしょう。僕も社長とかなり仲良しで、古株の社員一人や二人簡単にクビにできますけど。
正雄 ……なるほどね。よし、キミたちの結婚を認めよう。
マリコ え?
正雄 俺も大人になろう。大丈夫だ。
ヒロシ でも、いいんですか? 不倫ですよ。
正雄 不倫? 不倫がなんだ。だって浮気じゃないんだろう。いいんだそれは、些細な問題だからね。それに比べて、日本の少子化の問題は深刻だ。ねぇ?
ヒロシ (マリコに)って言ってるけど、マサぴょんはクビにした方がいいと思うかい?
マリコ いいよ、こんな奴クビにしちゃって。
ヒロシ (正雄に)じゃあ、クビ。
正雄 はい?
ヒロシ ですから、クビ。
正雄 (無気味に笑って)さすがは山岡社長のご子息。面白い冗談ですよ。
ヒロシ いや、クビですよクビ。全然冗談じゃなく。
正雄 (無気味に笑って)なってねえなあ。……なってねえなあ。これだからダメなんだよ近頃の若造は。
ヒロシ なにがダメなんですか?
正雄 会社っていうのはよ、理由なくクビになんかできねえんだよ。急に社長と親しい俺がクビってことになれば、これはおかしな話だ。そんなことになったら裁判沙汰になっちまうかもなあ。そしたら会社のイメージガタ落ちだ。今度お前と会うのは法廷になるかもしれないな。えぇ? なんにも言えねえか。へへへ、残念だったなあ、長年会社のために働いてきた俺に、クビになる理由なんてねえんだよ!
ヒロシ 不倫してたじゃないですか。
正雄 あぁ……!
ヒロシ バカなんですね、マサぴょんは。
正雄 俺は、俺はどうすればいいんだ。
マリコ どうすればいいと思う正雄?
正雄 え?
マリコ ……あんたお母さんのことどう思ってんのよ。
正雄 お母さん?
マリコ お母さん、3回目の結婚で、今度こそはって意気込んてたのよ。どうすんのよ。
正雄 そ、それは、
ヒロシ まぁ、3年かけて、普通に愛してみたらどうですかね。
正雄 え?
ヒロシ しかしまあ、難しいものですよ、普通に愛するというのは。なにせ、普通にですからね。
正雄 それは、俺にもできるのか。
マリコ 誰でもできるわよそんなの。
正雄 それか。俺は決めた。この3年間は母さんを普通に愛する。そうだ、それなんだ、俺がするべきことは。
ヒロシ (拍手)素晴らしい。あなたは自分の人生に対して素晴らしい答えを見つけました。自分の人生の目的を定める。これはなかなかできるものではありません。本当に素晴らしい。
正雄 いや、そんな。
ヒロシ (やや遠くを歩いている男を指して)そこのチャラチャラしてるキミも、普通に愛し合っているのか。いいのか、そんな年の離れたヤツを相手にして。どうせお金の関係なんだろう。そんな愛はやめて、普通の愛を見つけなさい。
マリコ ……。(その男の隣の女を見ている)
ヒロシ どうかした?
マリコ お母さん……。
ヒロシ ……まあ、とは言っても、人生なんて人それぞれだからね。頑張りなさい! もう行っていい。
マリコ ……まあ、あたしたちの結婚とは全然関係ないから。
ヒロシ そうだね、僕たちの結婚とは全然関係ないし。……あ、部屋の準備できましたか? わかりました。(正雄に)あ、よかったですね、人生の計画が定まって。(マリコに)じゃ、行こう。
マリコ うん。
マリコとヒロシは退場する。
正雄 ……あ、部屋の準備できたんですか。ええと……、
正雄はこれからどうしたものかと考え、とりあえず、
正雄 ……とりあえず、(佳恵の死体を指して)警察呼んでもらっていいですか。
――幕



