にっちさっち

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部屋

[人数]6人(男3女3) [想定時間]59分 [カテゴリー]コメディ

【あらすじ】
窮地に立たされた者たちの波乱・爆笑の嘘つきコメディ! 引越しのために、荷物がほとんどない男の部屋。その男の誕生日に、ドッキリを仕掛けようとする幼馴染と男の恋人。しかし、事態は思わぬ方向へ転がっていく……

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【登場人物】

小林隆太
佐藤智子(隆太の幼馴染)
中田由紀恵(隆太の恋人)
佐藤みなみ(隆太の浮気相手)
佐藤修(智子の兄)
鈴木雅樹(空き巣)

 舞台は一人暮らしの部屋の中。
 ほとんどなにも置かれていない。

 外に通じる玄関の扉と、奥の部屋に通じる扉がある。

 舞台が明けると、隆太が奥の部屋を扉を閉める。
 隆太はやや慌ただしく、部屋を見渡し、なにもないことを確認する。

 玄関の方から声が聞こえてくる。

智子の声 隆太ー? まだー? 

 隆太は玄関の扉を開ける。
 話しながら隆太の幼馴染・智子と、隆太の恋人・由紀恵が入ってくる。

隆太 お待たせお待たせ。
智子 なんか見られたらマズいもんでもあったの?
隆太 いやいや、まあ、
智子 おじゃましまーす。
由紀恵 おじゃましまーす。
隆太 来るなら来るって言ってよ。困るよ急に来られたら。
智子 うわ、ほんとなんもないね。
隆太 うん、全部引越し業者に預けたから。
由紀恵 隆太ん家ってこんな広かったんだ。
智子 ですよね、足の踏み場もなかったのに。
由紀恵 だって私が片付けたって次来たときには戻ってんだよ。
隆太 それはだってさぁ、
智子 由紀恵さん大変じゃないですか、こんなやつが彼氏で?
由紀恵 私、そういう隆太のダメダメなところが好きなんだよねぇ。ほんと隆太はどうしようもないし、頼りないし、役に立たないけど、そういうところがいいよねー。
隆太 えぇーひどくないそれ?
由紀恵 あごめん、私嘘つけないから。
隆太 でも、僕もそんな素直な由紀恵が好き。
智子 え、やめてくんない? 人前でそういうの。
由紀恵 え、なにトモちゃん、嫉妬?
智子 いやいや全然、
由紀恵 トモちゃんも、大変だったでしょう、こんなのが幼馴染で、
智子 いや、別に慣れたもんですから。
由紀恵 っていうかトモちゃん、なんか今日カワイイネックレスしてるよね?
智子 あ、これですか? なんか私の死んだおじいちゃんがこういうの作ってたらしいんですよ。それなりに有名だった人らしいんですけど。カワイイから気に入ってんですよ。
隆太 へーそうなんだ。
智子 え、隆太には言ったことあるでしょ。
隆太 あれ、そうだっけ?
由紀恵 え、で、隆太は? さっきなに隠してたの? エッチな本かなんか隠してたんでしょ?
隆太 そりゃ、ボクだって男なんだから、そういうのは大目に見てよ。
由紀恵 いいよいいよ、私寛容だから。
隆太 ちょっと、一瞬むこう行くけど、覗かないでよ。恥ずかしいもん出てきちゃうから。
由紀恵 わかったわかった。

 隆太、奥の部屋へ去っていく。

由紀恵 ごめん、もう一回打ち合わせていい?
智子 え、さっきしたじゃないですか。
由紀恵 こういうサプライズとか初めてだから緊張しちゃって。
智子 大丈夫ですよ。リラックスしていきましょう。
由紀恵 うん。
智子 まず、由紀恵さんが、タイミングを見計らって、さっき由紀恵さんに渡したイヤリングを取り出します。
由紀恵 うん。
智子 で、隆太に「この部屋から知らないイヤリング出てきたんだけど。あんた浮気してるでしょ!」っていう感じのことを言って、出てっちゃいます。
由紀恵 うんうん、
智子 それで、少しして、私の兄がこの家に来て、それとなく隆太に浮気をした男はひどい目に会うようなことをアピールします。
由紀恵 トモちゃんのお兄さんって恐いんでしょう?
智子 はい、もう精神はチンピラなんで、けっこう恐いです。
由紀恵 うわぁー、
智子 それで、しばらくしたら私の兄が変装して、「なにてめぇ人の女に手ぇ出してんだ」とか言って、いるはずのない浮気相手の彼氏として隆太を襲います。
由紀恵 それで、トモちゃんがやっつけるのね、
智子 そうです、実は私の兄は、最近話題になってる空き巣の常習犯だったっていう設定で、カバンの中からいろんなものがでてきます。
由紀恵 それで、そのカバンのなかから「ドッキリ大成功」のプレートが出てきて、ハッピバースデーの歌ね。
智子 そうですそうです。
由紀恵 うわーうまくできるかなぁ、私嘘つくの苦手だから。
智子 バレないように注意してくださいよ。

 隆太が奥の部屋から帰ってくる。

隆太 なんの話してたの?
由紀恵 今ドッキリのね、
智子 (遮って)ああ、あの、空き巣の話。
隆太 空き巣?
智子 ほら、最近この辺で空き巣被害が多いっていうじゃない? 恐いなぁって、
隆太 ああ、まあ、ここ空き巣入られたって、なんも取るもんないけどね。
智子 あーそうだよねー。(小さく由紀恵を叩く)
隆太 え、っていうかいつまでここにいるの?
智子 いいじゃん、のんびりさせてよ、
隆太 えー? やることあんだけど……、
智子 あ、私の兄ちゃんもくるから。
隆太 え、なんで?
智子 前言ったじゃん。ぜひ一度会っておきたいんだって。
隆太 急に来られてもなあ。
由紀恵 ちょっと隆太! あんた浮気してるでしょ!
隆太 ……うん?

 智子、由紀恵を少し離れたところに連れてって、小声で、

智子 由紀恵さん、急。
由紀恵 え?
智子 急すぎます。
由紀恵 え、ほんと、うわ、どうしよう、
隆太 え、え、なに、急に?
由紀恵 あんた浮気してるでしょ!
隆太 え、え、なに? なんで?
由紀恵 (智子に)なんで?
智子 (小声で)イヤリング。
由紀恵 イヤリング!
隆太 イヤリング?
由紀恵 イヤリング!
隆太 イヤリングがどうしたの?
由紀恵 「どうしたの」? (智子に)どうしたの?
智子 (小声で)あったの。
由紀恵 あったの!
隆太 え、どこに?
由紀恵 え?(由紀恵はまわりや自分の服などを捜す)
智子 (小声で)ポケット。
由紀恵 私のポケットに!
隆太 え?
智子 (小声で)この部屋に。
由紀恵 この部屋にあったの!
隆太 いやいや、え、知らないよ、え? 智子の?
智子 私イヤリングしないから。
由紀恵 信じらんない! 私帰るから! ね、トモちゃん? 私帰る! 
智子 ちょっと落ち着いてくださいよ由紀恵さん。
由紀恵 え、まだ帰らない方がいいの?
智子 (小声で)帰ってください。
由紀恵 帰るから! バイバイ!

 由紀恵は出ていく。

隆太 え、は? なんなの急に?
智子 隆太さあ、よくないと思うよ、浮気は。
隆太 え、いやいや、え?

 隆太、落ち着かず、部屋を歩きまわる。

智子 え、どうすんの、隆太? 由紀恵さんカンカンだよ?
隆太 いやいや、どうするったって……、隠し通すしかないだろ。
智子 え?

 奥の部屋から、ぶりっ子の女・みなみが現れる。

みなみ ねえ隆太、なんかおっきな声が聞こえたんだけど。

 智子、苦悶の表情。

隆太 (やや男前に)……大丈夫、なんでもないよ。
みなみ え、あの、誰?
隆太 え?

 隆太、みなみの知らない女がいることに「しまった」と思う。

隆太 いや、あの、
みなみ え、誰、この女の人?
智子 いや、私は、
隆太 妹だよ。
智子 え?
みなみ ……妹さん?
隆太 そうそう妹いもうと。似てるだろ?
みなみ どうかな……。
隆太 あれ、よく似てるって言われるんだけど。
みなみ え、ほんとに妹?
智子 (隆太に小さくうながされて)妹です。
みなみ え、もしかして、浮気相手とかじゃないよね?
隆太 いやいやそんなわけないだろ? こんなの恋人なわけないだろ。
みなみ ほんと?
隆太 ほんとほんと、だってこいつすげえがさつなんだぜ。全然女らしくないもん。なあ?

 智子、一瞬どうすればいいか迷うが、

智子 (乱暴な感じで)うわー、かいー、ケツかいー、くそかいーわ、マジくそ、(みなみに)おいてめえなにこっち見てんだよ、誰が浮気相手だケツの穴にメンソール塗ってスースーさせるぞハゲェ!
みなみ すみません……。
智子 がさつだろ? あたしすげーがさつだろ? 女としての魅力ゼロだろ?
みなみ はい、ゼロです、
智子 なめとんのかわれぇ! 東京湾泳がせるぞボケェ!
みなみ すみません……!

 みなみ、おそるおそる智子の方に歩き出す、

智子 なんだおい? やんのかおい?
みなみ あの、トイレに、
智子 ……思う存分出して来たれや!
みなみ すみません……!
智子 おい、
みなみ はい、
智子 残尿感には気をつけや!
みなみ はい、

 みなみ、トイレへ。

智子 え、なんでなんでなんでなんで? なんで妹なんて言ったの?
隆太 いや、なんかつい、
智子 ふつうに幼馴染だって言えばよかったじゃない、
隆太 だって怪しいじゃん幼馴染とかさあ、
智子 妹だって十分怪しいでしょ!
隆太 くそーヤバイ……。どうする? 由紀恵にも浮気ばれそうだし、……全部話すしかないのか、
智子 いや、……いやー、どうかなあ。……まだちょっと待った方がいいんじゃないかなぁ。
隆太 そうかなぁ、
智子 うん、っていうかね、たぶん、テキトーだよ。
隆太 え?
智子 由紀恵さん、あれテキトーに言ったんじゃないかなぁ?
隆太 テキトーにあんなこと言わないだろ。
智子 言うよ。由紀恵さんはそういうことテキトーに言っちゃうよ。
隆太 そうかあ?
智子 そうだよ。
隆太 あ、お前俺のことみなみにあんまり喋るなよ。
智子 みなみ?
隆太 今トイレ行ってるあいつだよ。
智子 なんで?
隆太 俺けっこうあいつに嘘ついてんだよ、
智子 え、なに嘘って?
隆太 いや、たとえば、弁護士やってるとか、
智子 は? 何言ってんの? あんたフリーターじゃん、
隆太 いやいやそうだよ、実際はそうなんだよ。
智子 なんでそんな嘘つくの、
隆太 かっこつけたいじゃない、頼れる男でいたいじゃない、
智子 っていうか、なんかさっきキャラ違わなかった? 気持ち男前キャラだったでしょ?
隆太 そういうキャラでやってんだよ、みなみの前では、
智子 由紀恵さんの前ではあんなに頼りなさそうにしてるクセに、
隆太 仕方ないだろ、そういうキャラ求められてるんだから。くそ、どうする?(スマートフォンを取り出して)やっぱり由紀恵に言うか?
智子 (スマートフォンを奪って)ダメダメダメダメ。落ち着こう。
隆太 返せよ。
智子 落ち着こう、いったん落ち着こう。
隆太 わかったから返せって、

 と攻防をしているうちに、隆太が智子を襲ってるように見えるようになる。
 トイレから出てくるみなみ。
 それに気がつく、隆太と智子。
 そっとトイレに戻っていくみなみ。

隆太 待て待て待て待て、
みなみ やっぱり浮気してんじゃん、
隆太 違う、誤解だ誤解、
智子 うわー、かいー、ケツかいーわぁ、
隆太 こんな女としての魅力ゼロなやつと浮気するわけねーだろ?
智子 うわ、足くせー、やっぱ一ヶ月風呂入んねーと足くせーわぁ、
みなみ え、あの、お名前なんていうんですか?
智子 名前? 佐藤智子ですけど?
みなみ え?
智子 え?
みなみ 隆太くん、小林だよね?
隆太 ……。
智子 ……色々あった家庭なんですぅ! っていうか名字違う兄弟とかそこらじゅうにいるんですけど? なんか文句あんですか?
みなみ 隆太くん、いったん外してくれない?
隆太 え?
みなみ 二人で話したい。
隆太 いや、それは、
みなみ お願い。
隆太 ……わかった、

 隆太、智子にアイコンタクトと「うまくやれよ」という仕草をして去る。

智子 なんですか? あんたと話すことなんかないですけど?
みなみ (ぶりっ子からがらっと態度が悪くなって)え、っていうか、ほんとに妹ですか?
智子 ……そうですけど?
みなみ へぇー、
智子 え、なんかさっきとキャラ違わないですか?
みなみ え、ああ、そりゃ男の前ですから。求められてんですよああいうキャラが。
智子 ……へー、そうですか。
みなみ え、いくつですか、年?
智子 24ですけど、
みなみ へぇー、じゃあ一応あたしより4つ上なんですね。

 少し間。

みなみ ええと、智子さん? でしたっけ?
智子 そうですけど。
みなみ 佐藤みなみって言います。
智子 へー、あなたも佐藤ですか、
みなみ あの、言っときますけど、仮にあんたが浮気相手だったとしても、絶対渡さないですよ?
智子 いやいや浮気相手じゃないですから。
みなみ だってあいつ弁護士でしょう? あの年で年収1000万らしいじゃないですか。もうガンガン貢がせますよね。
智子 年収1000万なんですね、
みなみ そうそう、知らないんだ。
智子 はじめて知りました……。
みなみ しかも友好関係超広いじゃないですか? イチローとか、新垣結衣とか、ふなっしーとか全員知り合いらしいし、熊と戦って勝ったことあるらしいし、しかも2年間だけヤンキースにいたんですよね?
智子 ……そうなんですよね、
みなみ そんな男が彼氏なんてほんと最高じゃないですか、だから、絶対渡しませんからね。
智子 ええ、もう、ご自由にどうぞ。
みなみ ま、って言っても不倫なんですけどね。
智子 え?
みなみ 結婚してんですよ私。
智子 20でですか?
みなみ たくさんいるでしょう。
智子 いやでもそれあいつが知ったら、
みなみ ああ、知ってますよ隆太。合意の上での不倫ですから。
智子 (渋い顔)
みなみ でも、隆太ハンパないくらいヤバイから、いっそ離婚して隆太と結婚しようかなあなんて、
智子 やめたほうがいいですよ、悪いこと言わないから。
みなみ いやいや、それは私が決めることですから。

 少し間。

智子 あの、ほんとに20ですか?
みなみ え? はい。
智子 なんか近くでよく見ると20の割に肌が疲れてる気が。
みなみ 余計なお世話です。っていうかあなたこそほんとに妹ですか?
智子 はい。
みなみ 似てなさすぎでしょう。
智子 ほっといてください。

 少し間。

智子 あの、なんか20年前くらいにノストラダムスの大予言ってあったでしょう?
みなみ ああ、恐怖の大魔王が降ってくるっていう、
智子 あたしけっこう本気で信じててー、「どうせ世界が終わんならもう勉強なんかしないで遊びまくろう!」って思って、遊びすぎて先生や親に怒られたんですよぉ。どうしてました? ノストラダムスの時期。
みなみ あー私もそんな感じでしたよ。私ちょうど高校受験のときで、ノストラダムス信じて勉強やめましたもん。
智子 35。
みなみ あ!
智子 高校受験ってことは15歳ですもんね? 15+20で35歳。
みなみ 違います、
智子 違わないでしょう、化粧で肌年齢はごまかせませんからね!
みなみ まだ誕生日来てないから34歳ですぅ!
智子 うわ最悪、14歳もサバ読んでる、
みなみ っつーか20年前だったらあんた4歳じゃん! どうせ勉強してないんじゃん!
智子 かまかけたんですぅ。ひっかかってやんの。
みなみ ……。
智子 なに?
みなみ 言わないでくださいよ、
智子 えぇ?
みなみ 隆太には言わないでくださいよ、
智子 どうしようかなぁ?
みなみ お願いですから、
智子 ……じゃあこれ以上私と隆太のことは詮索しないでくださいよ、これ条件ですから。
みなみ わかりました、
智子 よろしい。

 隆太、玄関からやってくる。

隆太 あの、そろそろお話は、
智子 ああ、終わった終わった、大丈夫、
みなみ (ぶりっ子の感じで)うん、大丈夫ー、妹さん、とってもいい人だねー、
隆太 ああうん、こう見えていいやつなんだよ、うん、

 智子、由紀恵が忘れていった財布が目に入る、

智子 ん、これ、
隆太 ん?
智子 由紀恵さんの?
隆太 あ……、

 由紀恵が入ってくる。

由紀恵 おじゃまします、
智子 (みなみの前に立ちふさがり)ああぁ!
隆太 (同時に由紀恵の前に立ちふさがり)あぁぁ!
みなみ え? え?
智子 あっあっあーー!

 と叫びながらみなみを奥の部屋に閉じ込める。

由紀恵 え、え、なに?
智子 いえその、……新しいダイエットです。
由紀恵 え?
智子 あれ、知らないんですか、みんなやってますよ?
由紀恵 知らない。
智子 テレビでやってたんですけど、こう、手を広げながら、あっあっあー、て言うと、血行が良くなって痩せるのにいいんですよ。ね?
隆太 そうそうそう。
由紀恵 えなに、隆太もダイエットしてんの?
隆太 うん、最近ちょっと運動不足で。
由紀恵 あんた浮気してんでしょ!
隆太 (突然でびっくりする)うわあぁ!
智子 (由紀恵に小声で)由紀恵さん、今じゃない。
由紀恵 なんかちょっと楽しくなってきちゃって。(隆太に)浮気してんでしょ!
隆太 うわあぁ!
智子 (小声で)由紀恵さん、
由紀恵 浮気してんでしょ!
隆太 うわあぁ!

 みなみが出てくる。

みなみ 浮気?
隆太・智子 あっあっあー!

 と言いながら智子は由紀恵の前に立ちふさがり、隆太はみなみを奥の部屋に入れて扉を閉める。

智子 うわー血行よくなるー、痩せるー!
由紀恵 え、そんなに効くの、それ?
智子 はい、もう、1週間続けて5キロ痩せました。
由紀恵 ウソ、そんなに?
智子 はい。
由紀恵 あんた浮気してんでしょ!
隆太 うわあぁ!

 またみなみが出てくる。

みなみ 浮気?
隆太・智子 あっあっあー!

 と言いながら智子は由紀恵の前に立ちふさがり、隆太はみなみを奥の部屋に入れて扉を閉める。

智子 うわー痩せるー! 今ので1キロ落ちたかも、
由紀恵 ほんとに?
智子 (小声で)あんまりやりすぎたらかわいそうだからやめてください、
由紀恵 なんか面白くなっちゃって、

 智子、隆太を見ると、かなりのダメージを受けている様子。

智子 ほら、あんなんなっちゃってますから、
由紀恵 あはは面白いね、
智子 いったん帰ってください、うまいことやっときますから、
由紀恵 わかったわかった。じゃあね、隆太。
隆太 うん、じゃあね……、

 由紀恵、帰ろうとする間際に、

由紀恵 浮気してんでしょ!
隆太 うわあぁ!
智子 (小声で)由紀恵さん!
由紀恵 ごめんごめん、じゃあね。

 由紀恵は去っていく。

智子 隆太、大丈夫隆太?
隆太 終わりだ……、この世の終わりだ……。
智子 大丈夫、終わらない、この世はまだ終わらない。
隆太 (かなりおびえている)ああぁ、ああぁ、
智子 (抱きしめてあげる)大丈夫、おびえないで、世界は隆太の味方だから、

 みなみが出てくる。

みなみ あの……、
智子 あーかいー、ケツかいーわぁ、
みなみ え、あの、なにかあったんですか?
智子 いやいやいや、なにも?
みなみ なんか何回も浮気って聞こえたんですけど。

 隆太、もうおしまいだ、という様子。

智子 いや、それは、
みなみ ていうか誰か女の人来てましたよね? 誰なんですか? 浮気ってなんなんですか?
隆太 ……ごめんみなみ、実は……、
智子 ……。(観念した様子)
隆太 実はこいつ、浮気してんだ。

 少し間。

智子 え?
みなみ 浮気してるんですか?
智子 いやいや、え?
隆太 実はさっきこいつの浮気相手が来てて、ちょっと揉めてたんだよ。
みなみ そうなんですか。
智子 いやいや
隆太 黙ってろお前は。
みなみ でもさっき、女の人の声が聞こえたと思ったんだけど、女の人と付き合ってるの?
隆太 ……お前まさか女の人と女の人が付き合ってるのはおかしいとかいう偏見を持ってるのか?
みなみ あ、ご、ごめんなさい、そうだよね……
隆太 おう、わかってくれたならいいんだ。
みなみ でも……(智子に)それでも浮気はよくないですよ。ダメです、浮気なんかしちゃ。もっと、浮気される方の気持ち、考えてください。彼女さん、悲しませたらダメですよ。
智子 (「え、なんでそんなことをお前が言えるの?」とやや驚いた顔)
隆太 そうだぞ智子、浮気なんて最低だ。浮気っていうのはな、恋人に対する裏切りだ。そうやって、好きな人を傷つけるのはお前の望んでいることか? 違うだろ。たったひとりの人を愛する、それが、好きな人を幸せにする唯一の方法じゃないか。
みなみ 幸せになれませんよ、そんな恋愛。ちゃんと、けじめをつけるんですよ。わかりましたか? トモコさん。
智子 (かなり不満げに)……すみません。
隆太 ごめん、少し二人っきりにさせてくれないか、ちょっとこの浮気の件について、二人で話し合いたい。
みなみ うん、わかった。
隆太 いいって言うまで、この扉は開けないでくれ。いいね?
みなみ うん、終わったらいいって言ってね。
隆太 おう。

 みなみは奥の部屋へ。

隆太 (静かな達成感をもって)いやあ、危なかったな。

 智子、隆太に非難の目を向ける。

隆太 え、なに?
智子 なにじゃねえよ、
隆太 うん?
智子 え、あのさあ、
隆太 うん。
智子 あいつ、浮気してんだよね?
隆太 え?
智子 だって結婚してんでしょ? あの人。
隆太 ん、ああ、そこまで話したんだ?
智子 なんであいつにあんなこと言われなきゃいけないの?(マネして)「それでも浮気はよくないですよ。」え、なんで浮気してるあいつに、浮気してない私がそんなこと言われなきゃいけないの?
隆太 まあまあまあまあ、智子は浮気してるって設定だから、
智子 え、で、なんかそのあとさあ、
隆太 うん、
智子 乗ってきたよね?
隆太 うん?
智子 なんか、隆太も乗ってきたよね?
隆太 ああまあ、乗ったといえば乗ったよね。
智子 え、どういう気持ちで言ってたの? 「浮気っていうのはな、恋人に対する裏切りだ。」どういう気持ちで言ってたの? 「たったひとりの人を愛する、それが、好きな人を幸せにする唯一の方法じゃないか。」ねえあれどういう気持ちで言ってたの?
隆太 いや、まあ、そうだなぁと思って、
智子 じゃ浮気すんなよ。そう思うなら浮気すんなよ。
隆太 まあ、頭でわかってても、心はそうはならない、それが、人間だよね。
智子 え、なにかっこよく言ってんの? ひとつもいいこと言ってないからね。もう勘弁してくんない?
隆太 ごめん、なんかとっさに、
智子 あいつもよく信じたな、
隆太 バカなんだよあいつ、
智子 もうでも、いずれバレるよこんな嘘、
隆太 大丈夫だって、なんとかなるよ、
智子 え、あのさあ、ひとつきいていい?
隆太 うん、
智子 なんで二股なんかしてんの?
隆太 いや、違うんだよ。違う。
智子 なにが?
隆太 こんなはずじゃなかったんだ。
智子 どういうこと?
隆太 もともとは由紀恵と付き合ってて、別に俺はそれで十分だったんだよ。
智子 じゃなんで、あの女とも付き合ってんの?
隆太 その、俺がバイトから帰る途中で、みなみが痴漢に遭ってたんだよ。助けなきゃって思って、痴漢追い払ったら、今度お礼したいからって言われて連絡先交換して。それで会うようになって……。そのうちに距離が近くなって、で気づいたらいつのまにか付き合ってるみたいな感じになってたんだよ。……今考えれば、結婚してるってわかったときにちゃんと別れておけばよかったんだけど。でも、なんだか突き放すのもかわいそうな気がし
 て。みなみちゃん、すごく俺のこと頼ってくれるし。
智子 それはちゃんと突き放せなかった隆太が悪い。
隆太 そうだよな……。
智子 まあ、そうやって人のこと想ってあげられるところは本当にいいとこだと思うけどさ、私だって隆太に助けられた人だし。
隆太 ああ、ちっちゃいころな。お前泳げないのに海なんか入るから。
智子 そりゃ、私も感謝してるけどさ、でも、ダメなものはダメってちゃんとけじめつけないと。
隆太 そうだよな。みなみちゃんにもこんなことで人生壊してほしくないもんな。まだハタチなんだし。
智子 え……、ああうん、そうだね。
隆太 どうすればいいんだろう?
智子 だから、うまいことみなみちゃんと別れて、今まで通り由紀恵さんと続ければいいんだよ。このこと由紀恵さんには黙っててあげるから。
隆太 でも、やっぱりみなみちゃんがかわいそうな気がして……。
智子 そこはみなみちゃんのためだと思って、

 チャイムの音。

隆太 誰だろう?

 扉の覗き穴をのぞく。

隆太 え、え、なんか恐いにいちゃん立ってんだけど?
智子 え?

 智子、覗き穴をのぞく。

智子 あ、どうぞどうぞー。

 智子、扉を開ける。
 智子の兄・修が入ってくる。

修 どうも、失礼します。
隆太 え、え、なんで入れちゃうの?
修 はじめまして、智子の兄の、佐藤修って言います。
隆太 え?
智子 私の兄ちゃん。
隆太 あ、智子のお兄さん? はじめまして。
修 会えて嬉しいです。智子がお世話になってるそうで。
隆太 いえいえそんな。
修 智子から話はききました。小学生のときに、海で溺れそうになってた智子を助けてくれたそうで。
隆太 いや、そんな大したことじゃないですから。
修 つい最近になって智子からその話をききまして、ぜひ一度会ってお礼をしなければと思って。
隆太 いえいえそんなお礼なんて。
智子 兄ちゃん、けっこう恩はしっかり返したい人だから、
隆太 いやいや、でも、いいよ。

 みなみが出てくる。

みなみ いいの?
隆太 あっあ!

 隆太は扉を閉める。
 修は気がつかなかったようだ。

智子 (隆太に小声で)なんで隠すの?
隆太 これ以上情報増やしたくない……誰が何を知ってて誰が何を知らないのか、わけわかんなくなる……。
修 どうしました?
隆太 なんでもないです。
修 ぜひともなにかお礼を。なんでもしますんで。
隆太 いえいえ、いいですよ。

 みなみが出てくる。

みなみ いいの?
隆太 よくない! 出てこいって言うまで絶対って出てくんな!

 隆太は扉を閉める。
 修は気がつかなかったようだ。

修 またなにか?
隆太 いえいえ、
修 誰かと会話しませんでした?
隆太 あー、あの、僕、見えるんですよ。
修 見える?
隆太 ええ、霊的なものが、いや、見えるというか、きこえる?
修 あ、そうなんですか、素晴らしい能力をお持ちで。
隆太 ええ、まあ。あ、ヤバイヤバイ、急にお腹痛くなってきた。
修 大丈夫ですか。
隆太 ええ、きっとトイレにいけば大丈夫ですから。
修 お大事にしてください。

 隆太、トイレに行き際に、智子に「みなみをなんとかしろ」という感じの手振り。
 隆太はトイレに。(トイレは見えるようになっている)

智子 来る前に連絡ちょうだいって言ったのに、
修 したよ。したけど返信なかったから。
智子 え?

 智子、自分のスマートフォンを確認する。

智子 あ、ほんとだ、ごめん。
修 それで、誕生日の彼にドッキリを仕掛けんだよな。
智子 え、ああ、そうなんだけど、
修 彼が浮気してるって設定なんだろ?
智子 ……ああうん、設定ね設定ね。
修 で、うまいこと俺が浮気をしたらどんなひどい目に遭うかっていうことをそれとなく示すわけだな。
智子 ああうん、そうなんだけど。

 修、大きくため息。

智子 え、なに急に、どうしたの?
修 皮肉なもんだ、こんなことになるなんて。
智子 え、え、なに?
修 たぶん俺、不倫されてるんだ……。
智子 え、え、ほんとに?
修 ああ。
智子 え、みっちゃんさんが?
修 ああ、みっちゃんが。
智子 なんでなんで?
修 なんか最近帰りが遅い日が多いなって思って、ダメだと思いながらみっちゃんのケータイ見ちゃったんだよ。そしたらメールの痕跡はほとんどなかったんだけど、着信履歴と発信履歴にやたらと同じ名前があって。きっとメールは消してるんだろうけど、通話履歴を消すのは忘れてたんだろう。
智子 いやいやでも、職場の人とか、そういう可能性だってあるでしょ?
修 いや、留守電も入ってたんだ。そしたら、「まだ着かないの? 早くお前とイチャイチャしたいよ」っていう声が入ってて。
智子 うわー。
修 考えられるか? あの清純なみっちゃんがだぞ?
智子 いや、あのって言われても私見たことないから。
修 なんで見たことないんだ。
智子 だって兄ちゃんが頑なに会わせてくれないからでしょ。ふつう有り得ないんだからね。自分の兄貴の奥さんの顔知らないなんて。結婚式くらいあげてよ。
修 俺はそういうのやらないんだよ!
智子 なんで。
修 だってそれは、恥ずかしいじゃないか。俺の女の趣味とかわかっちゃうんだから。もう、俺の女の理想像を体現したような人なんだから。
智子 ほんと兄ちゃんそういうよくわからないところ恥ずかしがるよね。
修 だったらお前、俺はその辺を全裸で歩いたって恥ずかしくないけど、お前だったらその辺を全裸で歩くの恥ずかしいだろ?
智子 いや、それは恥ずかしいけど。
修 だから同じだよ、なにが恥ずかしいかは人それぞれなんだから。っつーかお前絶対全裸でその辺歩くなよ。そんなことしたら兄ちゃん許さないからな!
智子 しないよ。なに勝手に一人で盛り上がってんの。
修 ああくそ、いても立ってもいられない。電話しようか……。
智子 不倫相手に?
修 番号控えてきたんだよ。
智子 やめなよヒトん家で。
修 あそうか! 俺が不倫相手にガンガン言ってるところで隆太くんがトイレから戻ってくれば、これ隆太くんをビビらせることができるな。一石二鳥じゃないか。
智子 いやいや、それ本当に恐いから。
修 いい、かけるぞ俺は。
智子 ここでかけなくても。

 修、スマートフォンを出して、息を整える。
 番号をうつ。
 トイレにいる隆太の電話が鳴る。

隆太 ん、誰だこの番号? はい、もしもし?
修 ああもしもし、小林さん?
隆太 はい、そうですけど。
修 佐藤みなみって女、知りませんか?
智子 佐藤みなみ……?

 智子、なにかに気づいて、部屋の奥を見る。
 智子、驚き、震える。

修 もしもし? 佐藤みなみっていう女知ってますか?
隆太 いや、あの……、
修 私、佐藤みなみの夫なんですがね、
隆太 (電話を離して)うわ、やばいやばい……、(電話を耳元に戻す)

 智子、恐る恐るトイレの前まで行き、扉に耳を当てる。

修 あの? もしもし? 小林さん? あの、小林隆太さんですよね?
隆太 は、はい、そうです、

 智子、絶望的な状況に頭を抱える。

修 あのね、妻のケータイに、あなたとの通話履歴がたくさん残ってるんですよ。妻とはどういう関係ですかね?
隆太 (電話を離して)あのバカ消しとけって言ったのに、
修 小林さん、
隆太 (電話を戻して)はい、はい、
修 妻とはどういう関係なんですか? 職場の方ですか?
隆太 あ、はい、そうです。
修 職場というのは?
隆太 はい?
修 その職場というのはどこですか、
隆太 いや、ですから佐藤さんと同じ職場ですよ、
修 その職場というのはどこですか?
隆太 (電話を離して)えーと……、(電話を戻す)ふ、服屋ですよ服屋。
修 そうですよね、「クラウド」っていう服屋ですよね?
隆太 そうですそうです、「クラウド」です。
修 あれ、おかしいなぁ、「クラウド」には女性の店員さんしかいなかったはずですけどねぇ、
隆太 (電話を話す)やばい、はめられた……、(電話を戻す)お、オーナーです。
修 オーナー?
隆太 ええ、そうです。オーナーは男なんですよ?
修 なぜオーナーが妻とそんなに頻繁に電話をかけあっているんですか?
隆太 それは、佐藤さんは優秀だから、経営に関することを教えたり、相談に乗ってもらたりするんです。
修 じゃあ質問させてもらいますがね、あの留守電はなんです?
隆太 留守電?
修 妻の留守電にね、「まだ着かないの? 早くお前とイチャイチャしたいよ」っていう声が入ってましたけどね?
隆太 (電話を離して)なんで消しとかないんだよ。
修 どういうことですかね?
隆太 (電話を戻して)そ、そのつまり、イチャイチャというのは、その、試着という意味でして、
修 試着?
隆太 ええ。
修 なんで試着がエッチなんだよ?
隆太 それはつまり、……試着というのは、衣服の着用、衣服・着用、衣服・着用、イ・チャ、イ・チャイチャイチャですよ、
修 無理があるに決まってんだろ!
隆太 すみませぇん、許してくださぁい……
修 おい、観念しろよ。不倫してんだろ? なあ?
隆太 すみません……。
修 すみませんじゃねえんだよ。てめえヒト様の女に手ぇ出してどうなるかわかってんだろうな?
隆太 すみません……。
修 すみませんじゃねえんだよ、てめえん家乗り込むぞこらぁ!
智子 (小声で)もう乗り込んでるよ……。
隆太 勘弁してください、家にだけは来ないでください。
修 おい、どうけじめつけてくれんだ? あ? 声聞いた感じ、20代前半ってとこだな? ったく、そんな年で34の女に手ぇ出しやがって、
隆太 34?
修 34だよ34!
隆太 え、に、20じゃないんですか。
修 バカじゃねえのか、34だよ34!
隆太 (電話を離して)マジかよ……、
修 おい、どうけじめつけてくれんだ? あ? 小林隆太さんよぉ、 
隆太 すみません、なんでもします、なんでもしますから。
修 おう、じゃあ手切れ金だ。手切れ金用意しろ。
隆太 手切れ金。
修 おう。二週間以内に100万だ。
隆太 ひゃ、100万?
修 ああ。
隆太 そんな、そんな金額無理ですって……、
修 ああそうか、じゃあてめえん家乗り込んでもいいんだな。てめえん家乗り込んで、大声で怒鳴り散らしてやるよ! あーあ、住みづらくなるだろうなあ。
隆太 すみません、なんとか用意しますから、
修 おう、二週間以内に用意できなかったら、てめえん家乗り込んで、てめえの前歯二本もらってくからな。また電話するわ。(切る)
智子 兄ちゃん、あんまりここで大声出すと、りゅ、……彼に迷惑かかるから。
修 ああしまった。つい大声出しちまった。隆太さんに迷惑かけるわけにはいかないもんな。
隆太 やばい、どうしよう、100万なんて、ただでさえ、今50万くらい借金してるのに。合わせて150万、どう考えても無理だ。……あ、そうか、

 隆太、トイレから出てくる。

修 あ、大丈夫ですか、お腹の具合は?
隆太 え、ええ、すっかり。あの、お兄さん、さっきお礼になんでもするって言ってくれましたよね。
修 ええ、俺にできることならなんでも。
隆太 あの、大変厚かましいお願いなんですが、
修 ええ、なんでも言ってください。
隆太 可能でしたら、お金をいただくことはできませんか?
修 金?
隆太 ああすみません! とても無礼なお願いだとは思うんです! ですが、どうしても急に必要になってしまって! 本当に無礼なことはわかっています! ですが、なんとか!(頭を下げる)
修 いやいやそんな、頭をあげてください。あげてください。わかりました。妹の命の恩人です。できる限りのことはさせてください。
隆太 ありがとうございます!(頭を下げる)
修 やめてください、頭をあげてください。それで、いくらくらい必要なんですか。
隆太 二週間以内に、150万……。
修 150万!?
隆太 ええ、
修 二週間以内に150万ですか……?
智子 ちょっと、それはいくらなんでも、
修 待て、智子は口を出すな。これは男の約束だ。俺はなんでもするって隆太さんに言ったんだ。男に二言はない。
智子 いや、でも……、
修 ちょっとすみません、電話をさせてください。(電話をかける)
隆太 (隆太の電話が鳴る)げ、さっきのやつからだ。すみません、失礼。

 隆太はトイレに入る。
 
修 おい、小林隆太か?
隆太 は、はい、そうです。
修 さっきの手切れ金の話だけどな、
隆太 はい、
修 やっぱり100万じゃなくて150万だ。
隆太 え! ちょっと待ってください! さっき100万だって言ったじゃないですか!
修 うるせえ、気が変わったんだよ! 二週間以内に150万だ! じゃなきゃ家乗り込むぞ!(電話を切る)
隆太 マジかよ、合わせて200万だ。

 隆太、トイレから出てくる。

修 隆太さん、150万、二週間以内になんとかなります!
隆太 あの、そのことなんですが、
修 ええ、
隆太 やっぱり200万にしていただけませんか?
修 200万!?
隆太 申し訳ございません! 急に必要になってしまいまして!
智子 いや、あの、
修 智子は黙ってろ! 男に二言はないんだ。隆太さん、なんとか用意しましょう。
隆太 ありがとうございます!
修 少し電話をかけさせてください。(電話をかける)
隆太 (電話が鳴る)またあいつかよ、

 隆太はトイレへ。

隆太 はいもしもし?
修 もしもし? 小林隆太か? 手切れ金、やっぱり200万だ!
隆太 え!
修 用意しねえと家乗り込むぞ!(切る)

 隆太はトイレから出てくる。

修 隆太さん! 200万用意できます!
隆太 すみません、250万でお願いします!
修 えぇ!! 少し待ってください。(電話をかける)

 隆太の電話が鳴る。
 隆太トイレへ。

修 小林隆太か? やっぱり250万だ!(切る)
隆太 えぇ!!

 隆太、トイレから出てくる。

修 隆太さん! 250万用意できます!
隆太 300万でお願いします!
修 えぇぇ!!!(電話をかける)

 隆太の電話が鳴る。
 隆太トイレへ。

修 小林隆太! やっぱり300万だ!(切る)
隆太 えぇぇ!!!

 隆太、トイレから出てくる。

修 隆太さん!
隆太 350万!
修 あぁ!(電話をかける)小林隆太!

 隆太、息切れして声を出せない。

修 おい、きこえてんのか小林隆太!

 隆太、おそるおそる振り向くと、修が電話をかけている。

修 おい、きこえてんのか、小林隆太!
隆太 (恐る恐る電話に)……はい、
修 聞こえてんなら返事しろ!

 隆太、電話の相手が修だとわかり、絶望的な表情。

隆太 すみません……、

 智子、隆太を隅の方に連れて行く。

修 350万だ! わかったな!(切る)隆太さん、(見失う)あれ、隆太さん? あ、隆太さん。
隆太 はい、すみません……。
修 350万、なんとか用意できます!
隆太 (泣きそうになりながら)……よかったです、
修 もう増えませんか?
隆太 はい、増えません……。
修 大丈夫ですか?
隆太 はい、大丈夫です……!
智子 (小声で)兄ちゃんにビビってんの、
修 ああ、そうかそうか、浮気してる設定だったんだもんな、ひとまずドッキリ成功だな!
智子 うん、じゃあもういいから、出てって。
修 ああうん、オッケーオッケー。あ、ちょっと用事を思い出したんでいったん出てきます。
隆太 ああ、はい、出てってください。

 みなみ、奥の部屋から出てくる。

みなみ 出てって大丈夫?
隆太 ダメだぁ!(閉める)
智子 あっあっあー!(修の目の前で)
修 どうした?
智子 新しいダイエット。
修 隆太さんは、また霊と会話してるんですか?
隆太 ええ、今、お兄さんに霊がとり憑こうとしてたので、ダメだぁって言って追い払いました。
修 あ、本当ですか! すみません、よかったです、取り憑かれなくて。あ、350万、必ず用意しますんで。(智子に)もし小林隆太が用意してなかったら、そんときは小林隆太の体の売れる部分全部売ってやるよ、はは。それじゃあいったん失礼します。

 修は玄関から出て行く。
 隆太、震えている。

智子 大丈夫、そんなことにならないように私がなんとか言っとくから。
隆太 さ、寒いなあ、夏なのになぁ。寒さで奥歯がカチカチ言ってるよ……、
智子 大丈夫、大丈夫。いい? 絶対に兄ちゃんとみなみさんはここで会わせちゃダメだから。
隆太 う、うん、
智子 とにかくみなみさんに早く出てってもらわないと。
隆太 あいつ今日泊まってくつもりだから、なかなか帰ってくれないと思うなぁ。
智子 いいから、説得しにいくよ。
隆太 う、うん……。

 二人は奥の部屋へ。
 部屋には誰もいなくなる。
 チャイムの音。
 誰も出てこない。
 
 少しして、空き巣の雅樹が現れる。

雅樹 はい、失礼しますよー。誰も、いない、ですね。無用心だな鍵開けっ放しなんて。空き巣に入ってくださいと言わんばかりじゃないか。にしても、なんにもねえなこの家は。ほんとに人住んでんのか、ここ?

 雅樹、隅の方にある、由紀恵が置いていった財布を見つける。

雅樹 お、財布じゃないですかぁ。取ってくれと言わんばかりに置いてありますねぇ。

 雅樹が財布の中身を見ていると、奥から智子が現れ、目が合う。

智子 ええと、どちら様ですか?
雅樹 ……お疲れ様です! 警察のものです!
智子 警察?
雅樹 ええ、最近空き巣被害が頻発しているとのことで、見回りをしていたのであります。
智子 制服は着てないんですか。
雅樹 私服警官であります!
智子 え、なんで財布持ってるんですか?
雅樹 あ、……これは、落し物を交番へ届けようと。
智子 落し物?
雅樹 あぁ! しまった、ここは家の中でありましたね。申し訳ございません、本官はよく道に財布が落ちていると交番に届けているので、ついつい。
智子 はあ。
雅樹 失礼いたしました。(財布を置く)
智子 ご苦労様です。

 智子は奥の部屋に戻っていく。

雅樹 ……今の女がしてたネックレス、有名なデザイナーが作った、世界に3つしかないと言われているネックレスによく似てたな。少し危険だが、なんとか狙いたい。……とりあえず、今はこれだけもらって後でまた出直そう。

 雅樹、財布を持って出ていこうとする。
 玄関からやってきた由紀恵とハチ合わせになる。

由紀恵 え?
雅樹 あ、
由紀恵 えーと、
雅樹 あ、えーと、私は、
由紀恵 あ、ああどうもはじめましてお兄さん、中田由紀恵です。
雅樹 ……ああ、ええ、はじめまして。
由紀恵 あ、その財布、
雅樹 ん、ああ、これは、
由紀恵 私の財布です、よね?
雅樹 ……だと思いましたよ。そう、こう、渡そうと思ってね、手に持ってたんです。どうぞ。
由紀恵 あ、ありがとうございます。あ、あの、ちょっと打ち合わせてもいいですか。
雅樹 打ち合わせ……?
由紀恵 はい、私、自分なりにいろいろと考えてみたんですど、
雅樹 はあ、
由紀恵 まず、お兄さん、空き巣じゃないですか、
雅樹 (驚く)なんで俺が空き巣だってわかった……!
由紀恵 ……え、わかるもなにも、智子からきいてますから。
雅樹 (独り言で)……トモコ? あ、そうか、この前手を組んで一緒に盗みをやった鬼束トモコのことか。
由紀恵 どうしました?
雅樹 いやいや、ちょっと質問していいかな?
由紀恵 はい、
雅樹 トモコとはどういう関係だ?
由紀恵 ああ、まあ、お友達、ですかね?
雅樹 なるほど、っていうことは、俺たちは仲間ってことでいいんだな?
由紀恵 まあ、仲間って言えば仲間ですね。
雅樹 そうかそうか。ありがとう。
由紀恵 智子と三人で、成功させましょうね。
雅樹 そういう計画になってんだな。トモコのやつ、事前に連絡くれればいいのに……。
由紀恵 それで、私思ったんですけど、お兄さんにはサングラスかけてジャンパーを着てもらおうと思ってたんですけど、ちょっとそれだけじゃぱっと見「空き巣」って言われてもピンとこないと思うんですよね。
雅樹 うん?
由紀恵 それで私考えたんですけど、常に手に針金持ってるっていうのはどうですか?
雅樹 ダメだよ。いかにも空き巣っぽいじゃないか。
由紀恵 いや、だからいいかなって思うんですけど。
雅樹 いいか、空き巣ってのはな、なるべく一般の人に溶け込めなきゃダメなんだ。
由紀恵 ああ、なるほどなるほど、リアリティを重視するっていうことですね?
雅樹 ……いや、リアリティってのはよくわかんないけど、とにかく空き巣ってのはぱっと見空き巣だと思われないようにしなきゃダメだ。っていうか、常識だぞこんなの。お前さては、経験浅いだろ。
由紀恵 そうなんですよ、こういうの初めてで。
雅樹 ちゃんとトモコに教えてもらわなかったのか。
由紀恵 そうなんですよね。
雅樹 そうか、俺も一回だけトモコと一緒にやったことあるけど、トモコはかなりの実力者だな。
由紀恵 あー智子はすごいらしいですね。高校の時からやってたんですよね?
雅樹 高校のときから!?
由紀恵 あれ、知らないんですか?
雅樹 いや、初めて聞いたよ……。
由紀恵 クラスメイトの誕生日に、ほかのクラスメイト全員で仕掛けたらしいですよ。
雅樹 クラスメイト全員で!?
由紀恵 はい、担任の先生も一緒に。
雅樹 先生まで!?
由紀恵 すっごいびっくりしたらしいですよ。
雅樹 そりゃそうだろ、もう、家ん中空っぽだろそんな人数で行ったら。
由紀恵 そのクラスメイトも、思い出に残るバースデーサプライズだったみたいです。
雅樹 とんだサプライズだな……。
由紀恵 あと、大学生のときもサークル仲間に仕掛けたらしいんですけど、それは失敗したらしいんですよ。
雅樹 失敗?
由紀恵 ちょっと行動が不審で警察に声かけられちゃって、
雅樹 うわ、
由紀恵 持ち物とかも検査されちゃったらしいんですよ、
雅樹 で、どうなったんだ?
由紀恵 でも事情を話したら、大丈夫だったみたいですよ。
雅樹 え、え、逮捕されなかったの?
由紀恵 いい警官だったみたいですよ、笑顔で「頑張りなさい」って言われたらしいです。
雅樹 頑張りなさい? 何考えてんだその警官。
由紀恵 え、お兄さんはけっこう経験あるんですか?
雅樹 まあ、俺はもうプロレベルだからな。
由紀恵 大勢とかでやったりするんですか?
雅樹 いや、基本的にはひとりでやる。っていうか、一般的にはひとりじゃない方が珍しいからな。
由紀恵 あ、そうなんですね、たとえばどんな風にやるんですか。
雅樹 まあ基本的には住宅街を歩いていて、ここだっていう勘が働いた家に仕掛ける。
由紀恵 え、知らない人に仕掛けるんですか?
雅樹 ま、基本的にはそうだな。
由紀恵 え、仕掛けられた人、怒ったりしないんですか?
雅樹 まあ怒るやつも悲しむやつもいるだろうけど、俺には関係ねえからな。ショックで自殺するやつもいるらしいぜ。
由紀恵 自殺!?
雅樹 まあ、かわいそうだけど、そんなの気にしてたらこの世界はやってけねえからな。
由紀恵 すごい世界なんですね。智子が他人に仕掛けたって話はきいたことないですけど。
雅樹 ふつうは他人だよ。
由紀恵 でも私がきいた話だと、智子が仕掛けたのは友達とかバイト仲間とか、あと彼氏とか、
雅樹 彼氏まで!?
由紀恵 あ、自分のおじいちゃんおばあちゃんに仕掛けたこともあるってききました。
雅樹 おじいちゃんおばあちゃん? トモコえげつねえな! 
由紀恵 はい、泣いて喜んだらしいですよ。
雅樹 どうなってんだよトモコの家族、いかれてんな。
由紀恵 そう、それで、作戦なんですけど、空き巣といつつ、どっちかっていうと強盗みたいな感じなんですよね。
雅樹 強盗? おいおい俺空き巣だぜ。
由紀子 まあまあまあ、智子のプランだから大丈夫ですよ。
雅樹 まあ確かに。トモコのプランだっていうなら安泰だな。
由紀恵 ちょっと設定をおさらいしときたいんですけど、
雅樹 設定?
由紀恵 はい、まず私の彼氏が浮気してるっていう設定なんですよ。
雅樹 おう、
由紀恵 で、そこにお兄さん演じる、浮気相手の男が頃合いを見計らって登場します。
雅樹 あ、なるほど、設定っていうのはそういうことか。
由紀恵 はい、そこの玄関を開けて登場してくださいね。
雅樹 あ、この家なんだ!
由紀恵 当たり前じゃないですか、他にどこ行くんですか?
雅樹 え、ここ知り合いの人の家?
由紀恵 知り合いもなにも、私の彼氏の家ですよ。
雅樹 彼氏!? お前彼氏に仕掛けんのか? お前もえげつないな。でもちょうどよかった、俺もめぼしい物があったからそっちのほうが都合がいい。
由紀恵 それで、お兄さんがナイフを突き出して、私の恋人を怒鳴り散らすんですけど、
雅樹 うんうん、
由紀恵 このときに、人質をとることにしましょう。
雅樹 なるほど。誰を?
由紀恵 うーんと、そこは誰か近くにいる人を人質にとってください。誰もいなかったら私でもいいんで。
雅樹 わかった。
由紀恵 で、ついでに「金を出せ」とか言っちゃいましょう。
雅樹 いくら要求する?
由紀恵 500万とかでいいんじゃないですか?
雅樹 彼氏から500万か。えげつねえなお前。よし、わかった500万でいこう。
由紀恵 重要なのはその辺ですかね。あとは流れで。

 奥の部屋から智子が出てくる。

智子 あ、どうも。
雅樹 あ、(警察官の感じで)ご苦労様です! 失礼します!

 修は去っていく。

智子 あ、どうしたんですか由紀恵さん?
由紀恵 あ、財布忘れちゃって。
智子 (小声で)あんまり頻繁に戻ってきちゃうと怪しまれますよ。一応ケンカ中っていう設定なんですから。
由紀恵 ごめんごめん。

 奥から隆太がやってくる。

隆太 誰かいるの? あ! ど、どうしたんだよ由紀恵?
由紀恵 忘れ物。
隆太 あそう。
由紀恵 (財布の中身をみて)あれ、おかしいな。スーパーのポイントカードここにあると思ったのに。どっかいっちゃった。
智子 (小声で)いいですから今は、
由紀恵 でも、もう少しで溜まったのに、
智子 ポケットかどっかから出てきますって、
隆太 うん、出てくる出てくる、

 みなみ、奥の部屋から出てくる。

みなみ 出てきていいの?
隆太 ダメだ!(閉める)
智子 あっあっあー! あー痩せるー! 痩せるわー!
由紀恵 今誰かいたよね?

 智子、渋い顔。

隆太 いや、いなかったと思うよ。
由紀恵 いやいや、いたでしょう?
隆太 いや、どうかな?
由紀恵 (大声で)出てきなさい。

 みなみ、奥の部屋から出てくる。
 隆太と智子、頭を抱えてどうしようか考える。

みなみ え、誰?
由紀恵 いや、こっちのセリフなんですけど?
みなみ え、誰なの隆太くん?
由紀恵 隆太、誰なの?
隆太 (観念して)……彼女です。

 由紀恵とみなみは顔を見合わせる。

智子 ……そして、お姉さんです!
由紀恵・みなみ ああー、はじめましてー。
隆太 え、ああ! おう! そう、そうなんだよ!
みなみ え、ちょっといい? 隆太くん。
隆太 (みなみに近づき小声で)うん、なにかな?
みなみ なんで小声なの?
隆太 姉さんに彼女との会話きかれたら恥ずかしいだろ。
みなみ 三人兄弟?
隆太 え、(智子を見て)あ、うん、そう、三人兄弟なんだ。言ってなかったっけ?
由紀恵 (みなみに)どうも弟さんにお世話になってます。
みなみ え?
隆太 姉さん、俺のこと弟さんって呼ぶんだよ、変わってるだろ?
みなみ にしても弟さん「が」世話になってますじゃない?
隆太 ああ、たまに日本語がおかしいんだよ姉さん。
みなみ はじめまして、隆太くんの彼女の、みなみって言います。
由紀恵 え?

 隆太、どうにもできない。

由紀恵 トモちゃん、ちょっと。
智子 はい……。

 智子は由紀恵のところに行く。

由紀恵 あのさあ、ひとつ聞いていい?
智子 なんでしょう……。
由紀恵 あの人って、隆太の浮気相手?
智子 ……。
由紀恵 あの人、隆太の浮気相手なの?
智子 (観念して)……はい、……そうです。
由紀恵 なるほどね。……さすがトモちゃん、
智子 え?
由紀恵 浮気相手役の人まで連れてくるなんて、さすがトモちゃんだわ。
智子 ……そうなんですよ、全然知らない女が突然やってきて隆太と付き合ってるって言い張ってるっていう設定です。
由紀恵 盛り上げてくねぇトモちゃん。
智子 かなり仕込んだんで、隆太も相当なパニックになってますよ。
由紀恵 なるほどね。
智子 それで今、由紀恵さんが浮気相手を名乗る女と遭遇してしまって、隆太がパニックになるっていうのをやってます。
由紀恵 なるほどなるほど、じゃあここは私も盛り上げなじゃあそろそろ、トモちゃんのお兄さんが、空き巣として登場してクライマックスっていう感じね。
智子 え、いや、それは、

 顔を隠した雅樹が玄関からやってくる。

雅樹 おいおいおめーら、手ぇあげろ!
みなみ わあぁ!

 みなみは、奥の部屋に引っ込んでしまう。

隆太 あ、お前!
智子 このタイミングで……!
雅樹 おい、うっせーぞ! おい、おめーか、人の女に手ぇ出したのは?
隆太 は、はい? 
雅樹 てめえと一緒にいる女だよ。なに人の女に手ぇ出してんだよ。
隆太 え、え、みなみさんのことですか……?
雅樹 あ? ああ、そうだよ。
隆太 あいつ、三股だったのか……。
雅樹 おい、ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ。殺すぞ。
隆太 ま、待ってください。
雅樹 許してほしかったら、金だしな。
隆太 ま、またですか?
雅樹 なんだよ「また」って?
隆太 だってもう、片方から350万請求されてるのに。
雅樹 知らねえよ、そんなこと、500万だ! 500万出しな!
隆太 ご、ご……無理ですって、
雅樹 無理じゃねえよ。(智子を指して)おい、そいつ誰だ?
隆太 だ、誰というのは?
雅樹 どういう関係だ?
隆太 あの、幼馴染で。
雅樹 ちょっと来い。
智子 ……はい。

 智子、雅樹のところへ行く。

雅樹 このネックレスはもらっとくぜ。

 雅樹、智子を人質に取る。

智子 (小声で)ちょっと兄ちゃん、力強すぎ……。
雅樹 うっせえ! (隆太に)おい! 500万出せよ。
隆太 む、無理ですって、
雅樹 そんぐらい持ってることはわかってんだよ、(由紀恵に)なあ、こいつ金持ってんだろ?
由紀恵 (小声で)実際はすごい貧乏ですけどね。
雅樹 おう、てめえ実際にはすごい貧乏なん、え、貧乏なの?
由紀恵 (小声で)実際はね。
雅樹 えお前貧乏なの?
隆太 貧乏です……。
雅樹 え500万出せないの?
隆太 絶対無理です……。
雅樹 えじゃあ100万は?
隆太 無理です……。
雅樹 50万。
隆太 (首を振る)
雅樹 30万。
隆太 (首を振る)
雅樹 10万。
隆太 (首を振る)
雅樹 いくらなら出せんの?
隆太 3000円くらいなら……、
雅樹 ナメてんのかお前! こいつ殺すぞ!
隆太 ナメてないです、やめてください、それくらいが限界なんです……、

 顔を隠した修がやってくる。

修 おいおいおめーら、手ぇあげろ!
一同 うおおぉ!!

 一同、散り散りになる。

智子 ……え?
由紀恵 え、トモちゃん、浮気相手の男役、ひとり増えたの?
智子 (首を振る)

 少し間。

智子 私の兄ちゃん手ぇあげろ!

 修は手を挙げる。

智子 サングラスとって。
修 うん。

 サングラスを取る。

隆太 あ、え、お兄さん?
由紀恵 え、誰?
智子 え、私の兄です。
由紀恵 いやいや違うでしょう。え?

 みなみが出てくる。

みなみ さっきの人いなくなった?
修 え?

 隆太と智子、とても苦い顔。
 みなみ、そのまま扉をしめていなくなる。

修 みっちゃん。……みっちゃん!

 みなみは出てくる。

修 ……みっちゃん、だよな?
みなみ ……。
修 ……え、どうしてみっちゃんがこんなところにいるんだい?
みなみ それは……。
修 ……おい、どういうことだ? おい!
みなみ ……。
修 今日は女友達と泊まりの旅行だって言ってたよな?
みなみ ……。
修 ……ここで不倫してたんだな?
みなみ (小さく頷く)
修 じゃあここにいるんだな、浮気相手が?
みなみ すみません……、
修 どいつだ?
みなみ ごめんね、もう隠しきれない。

 隆太、「ダメだ、ダメだ!」という顔。

みなみ (雅樹を指して)……彼です。

 雅樹、驚愕する。

雅樹 いやいやいや、いやいやいや、
みなみ 強盗を装って修ちゃんを殺そうとしたの。
修 貴様ァ!

 修、雅樹をボコボコにする。

修 おい、電話で話したよな? 手切れ金350万は用意できるんだろうな?
雅樹 さ、350万!? なんですかそれ?
修 とぼけてんじゃねえぞてめえ! 用意できなかったら前歯へし折ってやるからな! 小林隆太さんよぉ!
雅樹 知らないです、コバヤシリュウタじゃないです!
修 うっせえ、てめえが小林隆太じゃなきゃ誰が小林隆太だって言うんだよ?
由紀恵 小林隆太って、彼ですけど?(隆太を指す)

 隆太、苦悶の表情。

修 なに言ってんですか、俺が言ってんのは小林隆太ですよ。この人は隆太さん、隆太さん? 小林隆太……、隆太さん!?
隆太 ……はい、
修 ウソでしょう、だって、智子の命の恩人が、小林隆太だなんて、嘘だ、ねえ、嘘だって言ってくださいよ。
隆太 ウソじゃありません。
修 そんな、まさか……、おい待て、じゃあてめえいったい誰だよ?
由紀恵 トモちゃんのお兄さん。
隆太・智子・修 え?
由紀恵 え?
雅樹 え?
智子 いや、私の兄は、こっちですけど。
由紀恵 え、このヤクザみたいなのが?
智子 はい、
由紀恵 ウソ、だって、(雅樹のサングラスをとる)こっちがトモちゃんのお兄さんじゃないの?
智子 あ、さっきのお巡りさん。
雅樹 どうも。
修 えぇ!? け、警察の方だったんですか、こ、これはとんだ無礼を……、
雅樹 まったく失礼ですよ、警察にこんなことを!
修 申し訳ございません!
智子 あ、待って、そういえばこの顔どっかで見た気が。ねえ、由紀恵さん、この人、ニュースで流れてた空き巣の人に似てませんか?
由紀恵 あ、言われてみれば。
雅樹 ……。
智子 すみません、警察手帳を見せてください。
雅樹 はい?
智子 警察手帳。
雅樹 そんなものを見せる義務はない!
修 見せられないんですね?
雅樹 それは……。
智子 あ、そういえば、この人さっき私のネックレスとった!
修 失礼。

 修、雅樹のポケットから智子のネックレスを出す。

修 貴様ァ!

 修、雅樹をボコボコにする。

修 あとで警察に送ってやるよ。

 少し間。

修 それで、隆太さんが、小林隆太なんだな。
隆太 はい……。
由紀恵 あの、何に怒っているのかはわからないんですけど、私の彼氏のこと、どうか許してくれませんか?
みなみ え?
修 ん? ……そうか、そういうことになるのか! (隆太を掴んで)なあ隆太さん、あんたヒトの妻寝とった上に、しかも二股だったんだな。
みなみ え、え、なに、どういうこと?
隆太 あの、それは……。
由紀恵 てっててー! ドッキリでしたー!
一同 ……え?
由紀恵 なんかよくわかんないんだけど、ごめんね、グダグダになっちゃって。ほら隆太、ドッキリだよドッキリ! 大成功ー!
隆太 え、え、なに、これ、ドッキリ? なに? どういうこと?
由紀恵 (みなみを指して)この人は、隆太の浮気相手役を演じてたの。どう、びっくりした?
修 え?
隆太 演じてた?

 少し間。

智子 そーう! そうなの! 全部ドッキリ! 全部全部、今日起こったことは全部ドッキリでーす! 隆太騙されてやんのー!(拍手)
隆太 え、なになに? えドッキリ? 俺安心していいってこと?
みなみ え、え、演じてたってどういうことですか?
智子 お誕生日おめでとう隆太! サプライズバースデー!
隆太 あそうか、今日俺の誕生日か、そうかそうか忘れてた。
みなみ え、え、私隆太さんとお付き合いしてましたけど。
由紀恵 いやもうそれ終わりましたから。
みなみ え終わったってなに?
由紀恵 浮気相手役の設定はもう終わったんで、
みなみ いや役っていうか、実際付き合ってんですけど、
智子 (みなみに小声で)空気を読め! ドッキリってことにしとけば、不倫だってなかったことになるんだよ!
由紀恵 え、あの、隆太と付き合ってんのは私ですけど?
智子 由紀恵さん、いいから、もう全部嘘ですから。
修 もうういいよ智子。
智子 いや、いいとかじゃなくて、嘘だから。全部嘘だから。
修 もういい。

 間。

修 隆太さん、すべて正直に話してくれますね。

 間。

隆太 ……すみませんでした。
修 ……話してください。

 間。

隆太 ……そこにいる由紀恵と付き合い始めたのは4年前です。学生の頃バイト先の居酒屋で知り合いました。由紀恵はとても頼れる存在で、僕はゆくゆくは結婚したいと思ってました。……ですが、4か月前にみなみさんと出会ってしまいました。僕がバイトから帰る途中で、彼女が痴漢に遭ってたのを助けたのをきっかけに会うようになって、気づいたら付き合ってしまっていました。結婚していることは知っていましたが、まさか智子のお兄さんだなんて夢にも思いませんでした。あと、34だったってことも、夢にも思いませんでした。……みなみさんは由紀恵とは違って、僕を頼ってくれます。弁護士だとか年収1000万だとか見栄を張っていましたが、全部でたらめです。由紀恵には由紀恵の良さがあって、みなみさんにはみなみさんの良さがあって、別れることで傷いたり悲しんだりする顔を見たくなくて、どうすることもできませんでした。
修 そうか……、(雅樹を指して)こいつは?
隆太 その人は、……なんなのかまったくわかりません。
修 そうか……。智子は、隆太さんをかばっていたんだな。どこまで知っていた?
智子 ドッキリの計画が始まってから、この1、2時間で全部知りました……。
修 そうか……、それは、とても大変だったな……。
智子 はい、吐くかと思いました……。
修 事実がすべてわかったところで、由紀恵さんはどうするつもりですか?
由紀恵 え、どうするって、別れますよ、もちろん。
隆太 由紀恵ぇ……、
由紀恵 だって気持ち悪いですもん、他の女の人と付き合ってたなんて。あーあ、結婚も少しは考えてたのに残念です。
修 そうですか。俺は、みなみとは離婚します。
みなみ え?
修 当然だ、不倫なんだから。慰謝料はとらないでやるからとっとと出てってくれ。そのあとはこの男とどうなろうと構わない。
智子 いいの兄ちゃん……?
修 母さんや父さんに顔向けできないが仕方ない。(みなみに)さあどうする? この男とこのまま付き合っていくか?
みなみ (舌打ち)付き合わねーよ。金もってねーみたいだし。
修 隆太さん、キミは智子の命の恩人だ。そんな人に俺はなにも復讐する気は起きない。それに、智子が幼馴染として隆太さんとの付き合いを続けるかどうかは智子の勝手だ。だが、俺はもう二度とキミとは顔を合わせない。二度と、絶対にだ。すまないが、そうさせてくれ。
隆太 申し訳ございませんでした……。
修 隆太さん、キミはさっき、「別れることで傷いたり悲しんだりする顔を見たくなくない」って言ったけどね、それはキミのエゴだ。それは逃げてるだけだ。逃げ続ければ、いつかこうやって、大切な人がもっと深く傷ついて悲しい思いをすることになる。……それが、俺からの、最後の言葉です。(雅樹に)じゃあ、キミは警察まで行こうか。
雅樹 はい……。
修 (隆太に)さようなら。

 修と雅樹は去っていく。
 少しして、

みなみ (舌打ちして)さよなら。

 みなみは去っていく。

由紀恵 隆太、

 隆太、由紀恵の方を振り向く、

由紀恵 4年間、まあまあ楽しかったよ。ありがとう。私はもう隆太の人生からは消えるし、隆太ももう私の人生からは消えるけど、元気にやって。トモちゃんも、もう会えないのは寂しいけど、会ったら隆太のこと思い出して胸糞悪くなるから、ごめんね。
智子 隆太が、すみませんでした……。
由紀恵 うん、さよなら。

 由紀恵は去っていく。
 間。

隆太 ……なんだよみんなして、俺のことばっかり責めて、みんなのために嘘ついてきたのに。
智子 自分のためでしょ?
隆太 ……。
智子 自分を良く見せたい、自分が傷つきたくない、自分が嫌な思いをしたくない、結局嘘なんて全部自分のためでしょ?
隆太 ……どうかな。
智子 でも、楽になったんじゃない? もう誰にも嘘つかなくて済んで。
隆太 それは確かに。
智子 今度からは、嘘なんかつかなくていい人と一緒になればいいよ。
隆太 確かに。結局智子と一緒にいるときが一番楽だ。
智子 これからは、嘘なんかつかないようにしよう。嘘なんて、誰のためにもならないんだから。
隆太 うん、もう嘘なんてつかない。
智子 私も、もう嘘なんかつかないようにしよう。
隆太 智子はあんまり嘘つかないだろ。
智子 どうかな。

 少し間。

智子 嘘つかないで、素直な気持ちで言うんだけど、
隆太 うん、
智子 私、嘘ついてる隆太は最低だし面倒くさいから本当に嫌い。
隆太 ……。
智子 でも、なににも気を遣ってない素のときの隆太は、まあ、いいかな、って思ってるよ。
隆太 ……。
智子 どう? 付き合っちゃう? 彼女もいなくなったことだし。なんつって。
隆太 ……智子、
智子 ……、
隆太 俺も、今そう言われて感じたこと、嘘つかないで、素直な気持ちで言いたいと思う。
智子 どうぞ、
隆太 俺、智子のこと、
智子 ……、
隆太 異性としては見れないっていうか、女としては、ぶっちゃけ、ないなって思う。
智子 (地面に倒れ込み)だあぁぁ!

 照明カットアウト。音楽。

――幕

作・小佐部明広