
[人数]2人(不問2) [想定時間]14分 [カテゴリー]コメディ
【あらすじ】
それらしい言葉を並べて商談を乗り切ろうとする新人会社員の話。新人の山田は取引先に先輩と来る予定だったが、先輩は寝坊していた。先輩は電話で山田に舐められないようにと伝える。山田は取引先を相手に、舐められないようにそれらしい言葉を並べて乗り切ろうとするが……。
【登場人物】
山田
鈴木
とある会社事務所の前。
電話をかけている山田が現れる。
山田 ……もしもし、先輩? ……「んあー」じゃなくて、え、今起きたんですか? あの、もう来てるんですけど……。笑い事じゃないです……いやいや、え、僕ひとり? 無理ですまだ一年目ですよ……いや、資料はありますけど……詳しいことわかんないですよ。……いやぁー……ほんとですか? 大丈夫なんですね? 知りませんよ。……はい、大事なこと。はい。……はい。(復唱しろと言われて)めんどくさいですよ。(しつこく復唱しろと言われて)わかりました、はい、復唱します。……相手に舐められないこと。……(言い直す)相手に何があっても絶対舐められないこと。……できる奴と思わせること。ベテランっぽい雰囲気で。……イニ、イ……イニシアチブをとること……わかりますよ、イニ、イニシアチブ、ですよね? はい、イニシ……ピリピリしてるのは先輩のせいです。じゃあほんと、どうなっても知りませんからね。……(舌打ち)はい。(電話切って深呼吸)
山田は事務所内に入る。
山田 失礼します。ハイパーソリューションズの山田です。
鈴木 お世話になっております。
山田 安田様はいらっしゃいますか?
鈴木 安田は本日病欠でして、代わりにわたくし鈴木が承ります。
山田 そうでしたか。
なぜか沈黙。
山田、このあと何をどう進めればいいのかわからず、とりあえずオフィスを見回す。
山田 とても……いいオフィスですね。
鈴木 どう思われますか?(壁を示す)
山田 どう……ええと、見たところ壁といった具合ですが……なるほど、これは恐らく……職人に選びぬかれた……上質な木材ですね。
鈴木 ええ、いい壁紙です。
山田、苦笑い。
山田、握手する風に意味ありげに手を差し出す。
鈴木は自分を指されたのだと理解し、自分に手のひらで自分を示す。
山田、意味ありげに「ご明察」とばかりに相手を指さす。
なぜか二人ともしたり顔である。
鈴木、小さな会議室のドアを示す。
山田 なるほど。こちらの部屋ですね。
山田、鈴木がドアを開けるのを待つが、鈴木は開けない。
山田、取っ手をつかみ引いたり押したりして開けようとするが開かない。
鈴木、ドアを横へスライドさせる。
やはり二人ともしたり顔である。
二人着席するが、どちらも話し始めない。
しばらくして山田が咳払いをする。
鈴木 お気づきになったのですね。
山田 (よくわからないが)……ええ。
鈴木 飲み物が、ないんです。
山田 (拍手)飲み物を飲む時間すら勿体ないと。
鈴木 重要な案件ですから。始めましょうか。
山田 ええ。(カバンから資料を取り出す)こちらが資料です。
鈴木 なるほど。これは……確かに資料ですね。
山田 ええ。弊社が今まで御社に資料ではないものをお渡ししたことが……?
鈴木 (意味ありげな笑い)ありません。
山田 それでは、ご覧ください。
鈴木 拝見いたします。
山田 弊社といたしましては、つまり、この資料の通り、引き続き弊社にソリューションさせていただきたいと。
鈴木 なるほど。引き続き……つまり今までお任せしていたようにこれからもという意味ですね。
山田 ご明察です。
鈴木 御社のおん考えはおん承知いたしました。弊社も、御社とともに、ソリューションしていきたいと考えております。何においても、社会へのソリューションこそがわが社のソリューションですから。
山田 その通り。そして今回は、そのソリューションについてご提案がございます。
鈴木 そのソリューション……そのソリューションとはつまり……どのソリューションを指しますか?
山田 ……さきほどのソリューションを。
鈴木 (感嘆した風に)はぁなるほど。お続けください。
山田 現在御社がおん採用しておんくださっているのがこちらのハイパーソリューションプランとなっていまするのですが、この度弊社では新しく、ハイパーソリューションプランプラスをご用意いたしまして、こちら大変オススメのプランとなっております。
鈴木 ハイパーソリューションプランプラスですか。ちなみにそのハイパーソリューションプランプラスというのは、ハイパーソリューションプランとはどう変わってくるのですか。
山田 鋭い質問です。わかりやすく説明いたしますと、ハイパーソリューションプランプラスは、ハイパーソリューションプランにプラスオプションがついたものとなっております。これにより弊社は御社に対して、よりプラスのハイパーソリューションをプロバイドすることができるわけです。
鈴木 それは大変魅力的です。しかし、バジェットとの兼ね合いがマターですね。
山田 資料のこちらをご覧ください。現在御社がおん採用なさっていまするハイパーソリューションプランに約18%プラスすることでハイパーソリューションプランプラスへシフトすることが可能なのですが、弊社は御社に大変ソリューションしていただいておりまするので、今回はスペシャルなサジェストといたしまして、こちらに書かれている価格から約20%のプライスダウンをいたしまして、こちらのプライスでコミットいたす所存でございます。ただし、現在御社におん採用していただいておりまするハイパーソリューションプランもこちらに書かれている価格から約11%のプライスダウンをさせていただいておりますので、確かに今回プライスダウンさせていただくハイパーソリューションプランプラスは、通常のハイパーソリューションプランと比較して安くはなりますが、現在御社がおん採用なさっていまするハイパーソリューションプランと比較すれば、少し費用が高くなることをご留意いただければと思います。
鈴木 ……もう一度お願いできますか?
山田 ……。
鈴木 ……。
山田、まるっきり同じ説明をもう一度する。
鈴木 ……これは総合的な観点からの検討がマストになりますね。
山田 もし価格が気になるようでしたら、こちらのハイパーソリューションプランプラスライトもございます。
鈴木 ハイパーソリューションプランプラスライト。それはハイパーソリューションプランプラスとはどう違うのですか。
山田 ハイパーソリューションプランプラスは、ハイパーソリューションプランにプラスオプションがついたものなのですが、ハイパーソリューションプランプラスライトは、ハイパーソリューションプランプラスのプラスオプションをそのままに、ハイパーソリューションプランのいくつかのオプションをグレードダウンしたものになります。こちらのハイパーソリューションプランプラスライトですと、こちらに書かれている価格から13%のプライスダウンといたしますが、いかがでしょう。
鈴木 ……総合的な観点からの検討がマストになりますね。
山田 グレードダウンが気になるようでしたらハイパーソリューションプランプラスライトプラスもございますが、
鈴木 稟議いたします。
山田 ご検討お願いします。
鈴木 ときに山田さん、
山田 ええ。
鈴木 ソリューションとはなんでしょう。
山田 ……。
鈴木 ……。
山田 ……。
鈴木 つまり、御社にとってのソリューションです。
山田 ……ああ、わたくしどもにとってのソリューション。
鈴木 私は、やはり社会へのソリューションこそ弊社のソリューションであると考えているのですが、御社のソリューションはどのようなソリューションとお考えでしょう。
山田 ……そうですね。やはり、社会へのソリューションこそ弊社のソリューションではないかと。
鈴木 ひいては私たちの、
山田 ソリューションですね。
鈴木 同感です。これもまたひとつのソリューションですね。
山田 同感です。
鈴木 まるでイリュージョンのような。
山田 ええ。イリュージョンのような……ソリューション。
鈴木 インクルージョンな世界の実現が弊社のコンクルージョンですからね。
山田 (よくわからないが意味ありげに微笑みうなずく)
鈴木 (微笑み返す)
山田 それではひとまず、引き続き弊社に御社のソリューションをソリューションさせていただけるということで、
鈴木 前向きに検討いたします。ところで山田さん、例の件は、
山田 ……例の件、
鈴木 ……、
山田 お気づきでしたか。例の件、ええ……(資料をめくる)資料の3ページ目をご覧ください。「4ページ目に例の件の概要がございます。」と。
鈴木 4ページ目……
山田 え、(資料が3ページしかないことに気づく)あ、(何度確認しても3ページしかない)
鈴木 なるほど。
山田 ああ、ええと……
鈴木 やり手ですね。
山田 ……。
鈴木 証拠に残りそうなものは一切用意しないと。
山田 ……ご明察。
鈴木 それで、例の件については……、
山田 ええ……予定通り……
鈴木 予定通り……ですか?
山田 いえつまり……予定通り……とはいかない可能性も……
鈴木 予定通りとはいかない可能性……ですか?
山田 まあつまり……えー……(待ってくださいという意味で開いた手を見せる。役にたちそうな資料、あるいはスマートフォンを探そうとするが)
鈴木 なるほど。
山田 ?
鈴木 5ですね。
山田 ……そういうことです。
鈴木、親指をあげる。
山田、オッケーの意味だと思うが、鈴木は人差し指と中指も挙げる。
鈴木 3なら?
山田 (なにが3なのかわからないが)……3ですかぁ。
鈴木 いかがです?
山田 手厳しい。3となりますと……弊社としては……判断の難しいところですが……
鈴木 では、(親指のみをあげ)インセンティブは御社と弊社でどのように、
山田 それは弊社です!
鈴木 ……、
山田 といいますのも、上司からインセンティブはとれと言われておりまして、
鈴木 なるほど、ではイニシアチブについては?(人差し指を上げる)
山田 ……イニシアチブ……あれ、インセンティブ……
鈴木 イノベーティブは?(中指を上げる)
山田 ……どれだ?
鈴木 弊社としても譲れないソリューションがありますから、
山田 それはしかし、弊社にも譲れないソリューションが……、
鈴木 それでは仮にひとつ選ぶとすれば、インセンティブ、イニシアチブ、イノベーティブ、
山田 えー、あ、イン、イノ、インセ、イニシ……
鈴木 選ぶことはできないと、
山田 あの、弊社といたしましても判断が難しく……
鈴木 なるほど……それではこの件は持ち帰りですかね。
山田 持ち帰り……そう、持ち帰りです!
鈴木 なるほど。いいお返事を期待しております。本日はありがとうございました。(手を差し出す)
山田 こちらこそ。(握手)
鈴木 ちなみに、山田さんはこのお仕事は何年ほど、
山田 ……10年ほど……?
鈴木 それはそれは。私もです。10年ほど。
山田 どうりで。
鈴木 久々に芯のある方とお会いしました。またお話ししましょう。
山田 あなたとは仲良くなれそうです。
鈴木 それでは。
山田 ええ。
山田、取っ手をつかみ引いたり押したりして開けようとするが開かない。
鈴木、ドアを横へスライドさせる。
やはり二人ともしたり顔である。
山田 それでは。
鈴木 またお会いしましょう。
山田、事務所を出る。
山田 乗り切ったぁ……!
山田、ふと後ろを見ると鈴木が微笑みながら見ている。
山田、余裕のそぶりで事務所を後にする。
鈴木 乗り切ったぁ……!
――幕
作・小佐部明広
コサト公園『かがみのかみがみ』第3話



