ダイイング・レッスン

コメディ///
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廃墟

[人数]4人(男2女2) [想定時間]58分 [カテゴリー]コメディ

【あらすじ】
コメディ調の展開に始まり、終盤に回収されていく伏線。前向きな気持ちになれる涙のラスト。男は自殺の場所に人気のない廃屋を選び、手製の爆弾で死ぬことを試みる。そこに作家がやってきて自殺の気をそいだり、誘拐犯と誘拐された女がやってきて、誘拐犯は目撃者である男を殺そうとする。最後の言葉を許された男は、女に愛の告白をしてしまうのだが……。

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【登場人物】

本田 聡一
鈴木 美智子
松田 次郎
泉 好実

人通りのほとんどないところに位置する廃屋。

    1

 本田が大きめのカバンを持ってやってくる。

 本田は辺りを必要以上に警戒しつつ、
これから自分がすることにとってふさわしい位置を探すために、
立ち止まっては少し移動し、また立ち止まっては少し移動し、
また辺りを警戒し……ということを繰り返している。

やがて、ふさわしい位置をみつけたのか、
ひとまず納得したようにうなずく。

 本田は、スマートフォンを取り出し、なにやら操作しだす。
 ボイスメモを起動したようだ。

本田は、スマートフォンに語りかける。

本田 あ、あ、(きちんと録音されているか執拗にスマートフォンを確認する)ええと、……あなたがこのメッセージを聞いているということは、俺はもう、この世にいにゃい、

 本田は一度、録音を中断し、自分の頬を叩く。咳払いをし、軽く発声する。
 言葉を言い間違えないように、「いない。いない。この世にいない。」などと繰り返し、練習する。
軽く咳払いし、もう一度、録音に入る。

本田 ……あなたがこのメッセージを聞いているということは、俺はもう、この世に「いない」だろう。このメッセージを録音し終えた後、俺は、この廃屋で、自分で作った爆弾を爆発させ、死ぬ。俺のスマートフォンから命令を送ると、俺のカバンに入っている爆弾が爆発する仕組みだ。……これ作るの、けっこう大変だった。作ってる途中に、導火線に火をつけて爆発させるタイプにすればいいと思ったけど、もう8割くらい作り終えたあとだったから、今更それを無駄にするわけにもいかず、がんばって仕掛けをつくった。褒めてくれ。……さて、なぜ俺が死にゅのか、

 本田は一度、録音を中断し、自分の頬を叩く。
 もう一度はじめから取り直すかしばらく悩んだ末、もう一度ボイスメモを起動する。

本田 続きを話そう。なぜ俺が死にゅ、(咳払い)「死ぬ」のか。バカげた話にきこえるかもしれないが、俺には愛する人がいた。まゆゆちゃんだ。彼女っていうか、……彼女だ。……彼女だった。1年前、俺はまゆゆに振られた。「ダメなところがあったら直す」と言ったらこう言われた。「なんか生理的にやだ」。それから仕事も休みがちになった。妙にだるくて、朝起きられなくなった。結局、仕事も辞めることになった。そして、2週間前かな、俺がまゆゆのフェイスブックを見ると、まゆゆが結婚を報告していた。俺より顔の整った金持ち。これが世の中か。そう思った。もともと、化学や工学が好きで、趣味で色々な薬品や部品を揃えていた俺は、爆弾をつくることを思いついた。首吊りなんかも考えたが、最後くらい、俺らしく死のう。そう思った。……まあ、話すことはこのくらいだな。このスマートフォンを発見してくれてありがとう、どこかの誰かさん。それじゃあ……、

 本田、最後の言葉を考える。

本田 (しばらく考えた結果)……あばよ。

 本田、最後の言葉が「あばよ」であったことに関して、なにかしっくりこない様子。

本田 ……すまない、「あばよ」はイマイチだったな。……グッビャイ。

 本田、ボイスメモを止め、自分の頬を叩く。
 最後の言葉を噛んだことにかなりへこむが、

本田 ま、ま、いいか、別にグッビャイでも……。

 本田、再びスマートフォンを操作する。

本田 よし、ここに番号を入れれば爆発する。……押すか。……押す。……ああ、押すよ俺は。

 本田、押さない。
 軽く深呼吸して、またスマートフォンに向かうが、やはり押せない。

本田 ……あ、家の鍵閉めてきたっけ。

 沈黙。

本田 違う、関係ねえよ、どうせ死ぬんだから。そう。……パソコン……。警察に履歴とか見られんのかな……。男には異常な性癖があり、とか……。

少し沈黙。

本田 死ぬんだよ。そのあとのことなんか、

 スマートフォンに向き直り、

本田 ……さくっとやろう、こういうのは、意識するとできなくなるから、何気なく、あ、気づいたら押しちゃった、みたいな感じで、……爆死して、このスマートフォンのボイスメモ発見してもらって……、え?

 少し沈黙。

本田 これ、爆発でスマートフォンぶっ壊れるな、

 少し沈黙。

本田 あそっか、爆発に巻き込まれないくらい遠くで起動すればいいのか。じゃあ俺も死なないな。

 頭を抱えてしゃがみこむ。

本田 ……考えろ、考えろ、

 外から声がきこえてくる。

鈴木の声 はあー、なかなか雰囲気あるねー。
本田 やべ、くそっ。

 本田、カバンを持って、いったん隠れて様子を見る。

 カバンを持った鈴木が現れる。

鈴木 うーん、やっぱ廃屋って雰囲気あるなぁ。(写真を撮る)うんうん、いい感じ。(ぐるっと景色を見まわして)よし、自殺するのはここにしようかな。

 鈴木、カバンから水筒を取り出して、中身を飲もうとする。

本田 (出てきて)ちょいちょい、あなた。
鈴木 わ、あ、すいません、え?
本田 あのー、困るなぁ。ここ、僕の場所なんですよ。
鈴木 あ、えーと、家主さん?
本田 や、家主じゃないすね。僕がここに住んでるように見えます?
鈴木 いや、さあ。
本田 あのね、ここは僕が見つけたんですよ。それをあなたノコノコやってきて、(悪意のあるモノマネ)ウン、イイカンジ。ウン、イイカンジ。ココニシヨウカナー。冗談じゃないですよ。
鈴木 誰? 今の誰?
本田 あなたでしょう。(悪意のあるモノマネ)ウン、ウン、イイカンジ。イイカンジダナー。
鈴木 そんな妖怪みたいじゃなかったでしょう。
本田 僕にとっちゃ妖怪ですよ。妖怪ヒトノバショヨコドリーですよ。
鈴木 きいたことないですよ。
本田 (水筒を指して)それは?
鈴木 え、……コーヒーですよ?
本田 コーヒーなわけないでしょう。
鈴木 なんであなたが決めつけるんですか。
本田 なにか入ってるでしょう。
鈴木 ま、砂糖とか入ってますけど。
本田 青酸カリとか。
鈴木 なんでコーヒーに青酸カリ入れるんですか。
本田 じゃあトリカブトだ。
鈴木 砂糖ですって。
本田 わかった、フグか。フグだ。乙なもんだな。
鈴木 コーヒーにフグって合うんですか?
本田 知らないよ。没収。
鈴木 やですよ。ただのコーヒーですよ。
本田 ただのコーヒーで人間が死ぬと思いますか?
鈴木 はい?
本田 ただのコーヒーを飲んで人間が死ぬんですか?
鈴木 死なないでしょうね。
本田 なんなんですかあなたは。
鈴木 ……いや、こっちのセリフなんですけど。
本田 とにかくどっか行ってください。ここで死ぬのは僕なんです。
鈴木 ……はい?
本田 ?
鈴木 死ぬんですか?
本田 あなたもでしょ?
鈴木 私が……?
本田 だってさっき、「自殺するのはここにしょうかな」って。
鈴木 あ、あぁあぁ。違います違います。
本田 はい?
鈴木 あの、うーんと、……、私、作家なんですよ、作家。今度の小説で、登場人物が自殺する場所はどんな感じのところがいいかなって思って、で、取材がてら、散歩してたらここ見つけて、あ、ここいいなぁって。
本田 ……あ、あぁなるほど、へー。
鈴木 えっと、自殺なさる……?
本田 ……そんなこと言いましたっけ?
鈴木 はい。
本田 ……僕も小説を書いてて。(改めて見まわして)あー、この辺で主人公が死ぬといいだろうなぁ。
鈴木 いいですよそういうの。え、死ぬつもりだったの? なんでなんで? なんで死ぬの?
本田 なんでちょっと嬉しそうなんすか。
鈴木 教えてくださいよ、ネタになるかもしれないじゃん。早く早く、
本田 人が死ぬのネタにするなよ。
鈴木 ほら、ちょうだい。
本田 ちょうだいってなんだちょうだいって。
鈴木 もったいぶってるとハードル上がりますよ。いんですか? すごい期待しますよ?
本田 ……わかりましたよ。
鈴木 ほんと?
本田 でも、別につまんない話ですよ。
鈴木 大丈夫、面白くするから。
本田 勝手に面白くすんなよ、
鈴木 うん、で、なに? ちょうだい。早く。
本田 女ですよ。
鈴木 うわ、出た、女。修羅場でしょ、修羅場。
本田 そんなんじゃなくて、……ただ女に振られたってだけですよ。

 沈黙。

本田 ほら、つまらない話でしょ。
鈴木 つまんない。
本田 つまんないってなんだよ。
鈴木 だって……ええ?
本田 なんだよ。
鈴木 ちょっと、……予想以上につまんなかった。
本田 真剣なんだこっちは。
鈴木 これは……ちょっと小説のネタにはならない。だってつまんないもん。
本田 じゃあ勝手に面白くすりゃいいでしょ。
鈴木 ならない、これは面白くならない。
本田 お前に俺の苦しみはわかんねえよ。
鈴木 出た。「お前にはわからない」。言うんだね。実際言う人いるんだね。
本田 どっか行けよ。
鈴木 え、ほんとに? ほんとにそんな理由で死ぬの?
本田 文句あんのかよ。
鈴木 だって、……女に振られたたけじゃ人は死なない。
本田 死ぬんだよ。
鈴木 死なない。
本田 じゃあ俺はなんなんだよ。
鈴木 だから死なないって。絶対思いとどまる。
本田 本気だぞ俺は。このスマートフォンに番号を入れたら、このカバンに入ってる爆弾が爆発するんだよ。
鈴木 あー、どうせ押せない。
本田 押すぞ、本気で押すからな。(スマートフォンを掲げる)
鈴木 あーはいはい。はい、はい、はーい。(スマートフォンを取り上げ本田のポケットにしまう)
本田 (取り出す)や本当に、これマジで押すから。
鈴木 あーはいはい、はーい。(スマートフォンを取り上げ本田のポケットにしまう)
本田 そういうなあなあな感じで止めんなよ。
鈴木 うん、わかった、あんた頑張ってる。でも今日は違うね。うん、また日を改めて。
本田 そのテキトーな感じやめろよ。噛み合ってないんだよ俺とお前のテンションが。
鈴木 飲みに行く? タクシー呼ぶ?
本田 行かない。マジでほんと、どっか行って、お願いだから。
鈴木 うんわかった、いったんね、いったん。またちょっとしたら戻ってくるから。いったんね。じゃ、お疲れ。
本田 お疲れじゃないよ。
鈴木 またね。
本田 おう、またな。……「またな」じゃねえよ、死ぬんだよ。もう死ぬんだよ俺は。

 鈴木は去っていった。

本田 なんだよくそ、バカにしやがって。……ああくそ、全然死ぬテンションじゃなくなったよ。……ダメだダメだ、何言ってんだ、死ぬんだよ俺は。ここまで準備してきたんだぞ、今更全部ムダにする気か俺は。

 本田、スマートフォンを操作し、番号を押そうとするが、なかなか押せない。
 声がきこえてくる。

松田の声 こっちだ、ぐずぐずすんな。
本田 またかよ、くそっ。

 本田、カバンを持って、いったん隠れて様子を見る。

 泉を連れた松田が現れる。
 泉は目隠しをされ、手を縛られている。
 松田は拳銃を持っている。

松田 よし、おとなしくしろよ。

 松田、電話をかける。

松田 ……おう、もしもし、トヨダ・ソリューションズのトヨダ社長だな。いやなに名乗るほどの者じゃないんですがね。お宅のお嬢さん、家に帰ってきてないでしょう。いないはずですよ、ここにいるんですから。ん? 確認する必要なんかありませんよ、だってここにいる、(いったん保留にされたらしく、舌打ち)……(少しして「グリーン・スリーブス」の鼻歌を歌う)だいたいこれなんだよな保留の音って。……(相手が戻ってきたらしい)おう、お嬢さんがいねえのわかっただろ。身代金なんだがね、現金でじゅ、え、いた? いや、いないよ。だって、ここにいるんだもん。いや、バカにしてないです、はい、いや本当ですって、わかりました、声きかせます、はい、え? ああ、まあ、似た声の人かもしれないですからね、はい、じゃあ、はい、写メ送ります。ほんとに、ちょっと待ってください、はい、

 松田、泉の目隠しをとる。と、松田の知らない人。

松田 え? ……あれ? 誰キミ?
泉 ……。
松田 あ、すみませんお待たせいたしました。はい、先ほどの誘拐の件だったんですけど、なんかあの、はい間違えました。はい、あ、通報とかちょっと、はい、あれなんで、はい、あの間違いなんで、はいすみません、はい、はい、二度とこのようなことが、えぇはい、善処いたしますんで、はい、はい、失礼します、大変申し訳、はい、はい、ええはい、すみません、はい、はい、はーい。(電話を切る)

 なんとなく見つめあう松田と泉。
 ゆっくりと、再び目隠しをつけさせる松田。

松田 ……あの、トヨダ・ソリューションズのお嬢さん、
泉 じゃないです。
松田 あー。

 沈黙。

松田 え、よく似てるとか言われません?
泉 知らないです。
松田 ……親戚?
泉 いえ。

 松田、目隠しを取る。

松田 誰だよ。
泉 泉です。
松田 誰だよ。
泉 泉好実です。
松田 きいてねえよ。
泉 ……えっと、ちょっと確認してもいいですか。
松田 ダメです。
泉 ……あの、もしかして、間違えて、
松田 しゃべるな。
泉 間違えて、
松田 やめろ。

 本田、物音をたててしまって、松田に気づかれる。

松田 誰だ、
本田 やば、
松田 (見つけて)来い。

本田、松田に引きずりだされて、泉の横に座らせられる。

松田 見てたな。
本田 見てないです。
松田 いや見てたな。
本田 見てないです。
松田 (本田に拳銃をつきつける)
本田 見てました、はい、すいません。
松田 正直に答えろ。
本田 はい。
松田 どう思った?
本田 はい?
松田 今の一連の流れ、どう思ったんだよ。
本田 「ないなー」って思いました。
松田 (本田をけり倒す)
本田 正直にって言うから……。
松田 なあ、仕方ないよな?
本田 はい?
松田 殺されても仕方ないよな、お前。
本田 待ってくださいよ……。
松田 大丈夫、こいつ(泉)も殺すから。
本田 その人関係ないじゃないですか。
松田 だってもう、知っちゃったからな、一連のこれを。
本田 あなたが悪いんじゃないですか。
松田 (泉に)なあ、どう思った? 一連のこれ。
泉 これはないなー。
松田 うん、殺す。
本田 待ってくださいよ。
松田 で、俺も死ぬ。心中ですから、これは。
本田 いやー生きてればいいことあると思いますけどねぇ……。
松田 (泉に)おい、なにか最後に言い残しときたいことあるか?
泉 あっと、ちょっとすぐには……。
松田 うん、じゃあ30秒やるから考えて。(本田に)お前も、最後の言葉考えとけ。
本田 そんなぁ……。
松田 はい、はじめ。

 泉は考える。
 本田はどうしていいかわからず、松田や泉になにか訴えかけたさそうにそうにしているが、二人ともきいてくれなさそうである。

泉 あの、
松田 決まったか。
泉 あなたは、なんて言うんですか。
松田 ん?
泉 決まってるんですか。最後の言葉。
松田 ああ、そうだな。「俺の人生、ひとつだけ間違いがあったとすれば、それは、この世界に生まれてきたことだな。」かな。
泉 (吹き出す)
松田 バカにしたか今。
泉 参考にします。
松田 バカにしたよな今。
本田 刺激しないでくださいよ。
松田 お前どう思った。
本田 はい?
松田 今の言葉、どう思った、なあ?
本田 や、はい、素敵だなぁって。
松田 いやあの正直に。正直に。
本田 「痛いなー」って思いました。
松田 (本田の額に銃口をあてる)
本田 正直にって言うから……。
松田 (泉に)おい、バカにしてるみたいだけど、お前はなんて言うんだよ。
泉 その時に言いますんで。でも絶対あたしの方がインパクトあるんで。
松田 求めてねんだよインパクトは。あーもう30秒経ったよ。おわり。おしまい。ほら言え。
泉 いやどうぞそちらから。
松田 俺さっき言ったじゃん。
泉 あれはだって、リハーサルですから。
松田 リハーサルってなんだよ、リハーサルとかねえんだよ別に。
泉 はい、どうぞどうぞ。
松田 わかったよ。……これが世界か。ま、悪くはなかったかもしれないな。
本田 ……変えました?
松田 文句あんのかよ。
本田 いやー、だってさっきの言うと思ってたから……。
松田 やめたんだよ。なんか評判よくなかったから。
本田 ……。
松田 (泉に)ほら、じゃあ次はお前だよ。お前俺より本当にインパクトあるんだな。今ハードルすげえからな。マジで。はいどうぞ、3、2、1、はい。
泉 ……お母さん、こんな娘でごめんなさい。私、リュウヤと結婚するって言ってたのに、結婚式で幸せな姿を見せるからって言ってたのに、実現できなくてごめんなさい。ケンカして別れることになったって言ったけど、あれは本当は嘘です。気づいたら私のためていたお金を全部とられていなくなっていました。覚えてる? お母さん。一生治療が必要な病気にかかってしまったといって月々15万送ってもらっていたけど、あのとき見せた診断書は私が偽造したものです。リュウヤに貢いでいました。ときどきお母さんに生活費が足りないといってお金を送ってもらっていましたが、お店での成績が悪い時にリュウヤに貢いでいました。リュウヤをナンバーワンにしたかったからです。車で事故って示談のために100万必要だって言ったこともあったよね。あれもリュウヤに……
松田 あーーーー。おわり。
泉 あと6つくらいあるんですけど。
松田 もういい。お母さんかわいそう。
泉 インパクトありました?
松田 うん、あった。お腹いっぱい。
泉 じゃ、もういいです。
松田 (本田に)うん、じゃあお前。
本田 はい?
松田 最後の言葉。
本田 あ、はい。あの……、その、リュウヤというのは、本当に悪い男ですね。もう最低です。ですがその、わたくしは、お金もありませんし、仕事もしておりません。しかし、心、心だけは善人の心を持っております。ですからその、わたしなんて、どうでしょう?
松田 ……え? なに、いま告白したの?
本田 告ってませんよ、質問をしたんじゃないですか。私はどうですかって。
松田 「告る」とか言うなよいい大人が。
泉 いやー、無理っす。
本田 無理ですか……。
松田 だろうね。
本田 ちなみに、どこが無理なんでしょうか?
泉 顔。
本田 顔かぁ……。
松田 なに結構ショック受けてんだよ。
本田 えほんと無理っすか?
泉 無理っす。
本田 なんなら、整形とか考えますから。
泉 あーもう早く殺してくださいこの人。
本田 なんですかその態度は。歩み寄ろうとしてるんですよこっちは。
松田 なんでお前が怒んだよ。
本田 結局顔か? え? イケメンがいいのか? え? おい。なんとか言ったらどうなんだよ!(泉に襲いかかる)
松田 やめろ!(本田を引き離して突き飛ばす)
本田 ……あんたはそいつの味方か!
松田 お前の味方じゃねえことだけは確かだよ。
泉 (本田に向かって「死ね」という口の動き)
本田 (また襲いかかろうとする)お前今「死ね」って言ったか! サイレントに死ねって言ったか!
松田 やめろぉ!(本田を引き離して突き飛ばす)
泉 (腕が縛られていてなかなか起き上がれない)
松田 大丈夫、起きれる? うん? 手か? あ、縛られてるからな。うん、大丈夫、大丈夫。はい、はーい。(縄をほどいてあげる)
本田 なに優しくしてるんだ。
松田 優しくするのに理由なんていらねえよ。
本田 ……イケメンかお前は。
松田 (泉に)あー大丈夫―? 痛かったねー?
本田 見せつけるな。俺に、見せつけるなー……。(泣き出す)
松田 あーもう、いい? 最後の言葉。はい、もう終わり。もう、死のう。もう、サクッと。もう撃っていい?
本田 待てよ……。
松田 なに。
本田 あんた警察かなんかか?
松田 ……いや。
本田 撃ったことあるのか銃を?
松田 ……初めてだな。
本田 初心者が、一回で急所を当てられると思うか?
松田 さあ。
本田 どうせちょっと外すよ。あぁ痛い、痛いけど致命傷にはならない、っていう、最悪のパターン。
松田 じゃあこうやって頭に密着させて撃てばいいだろ?(銃口を本田のコメカミあたりにあてる)
本田 はいダメ。コメカミちょっとはずしてる。死なない。
松田 なんだよ、じゃあどうすんだよ。
本田 (バッグを持ってきて)ここに、爆弾があります。
松田 ……。
本田 僕のスマートフォンから番号を打ち込むと、このカバンに入ってる爆弾がボン、ですよ。半径10メートルくらいはもう、消し飛ぶんで。
松田 ……。
本田 どうです?
松田 ……。
本田 ……どうしたんです。
松田 困ってるんだよ。リアクションに。
本田 「よくやった」、じゃないですか。普通に。
松田 ……えっと、きいていい?
本田 あ、ちゃんと死ねますよ、はい。
松田 いや、……なぜ、爆弾を……?
本田 あ、これですか、死のうと思って。
松田 ……。
本田 (スマートフォンを持って)でも、一人だと怖いですけど、こうやってみんなと一緒に死ねるって思うと、なんだか、嬉しいですね。(スマートフォンに数字を入れている)
松田 待って。え、……もう数字入れてるの。
本田 はい、もう、すぐですから。
松田 一回待とう。一回。ね?
本田 ほんとに死ねますよ。
松田 ちょっと、……心の準備が。
本田 さっき言ったじゃないですか、最後の言葉。
松田 そうだけど、最後の言葉のあとにけっこう喋っちゃったし。
泉 (松田を軽くたたいて振り向かせる)
松田 はい、はい、
泉 私は、その拳銃でお願いします。
松田 え?
泉 この人と一緒に死ぬの、嫌です。
本田 おまえ!(襲いかかろうとする)
松田 一回待って、一回、ね。
本田 (泉に)このクソが!
松田 あの、でも、俺、拳銃撃つの初めてだから。
泉 死ぬまで撃ってくれればいいですから。
松田 いやあ……。
本田 わかりました。じゃあ私がこいつを撃ちます。
松田 なんでかなぁ。
本田 バイオハザードとか得意だったんで、大丈夫です。貸してください。
泉 死ね。
本田 声に出して言ったな。死ぬのはお前の方なんだよ。(松田の拳銃を奪おうとして)貸せ。こいつは殺さないとダメだ。

 松田、本田を振り払って、本田に拳銃を向ける。

本田 なぜ俺に向けるんだ。そっち(泉)だろ殺すのは。
松田 もう、人間として許せない。
本田 犯罪者が人間気取りか。
松田 俺もびっくりした。俺って、まだ正義感とかあるんだなって。
本田 人間のクズの分際で。
松田 それ以上近づいたら本当に撃つ。
本田 本望だよ。もともと死ぬつもりだったんだから。ほら撃てよ。
松田 そう言われると撃ちたくなくなるんだよなぁ。
本田 人間のクズだったらクズらしく、挑発されたらすぐカッとなって、暴力ふるって、その責任を社会に押し付けろ。人のこと人だと思わずに殺して、社会が悪いとか言え。
松田 お前の方がだいぶクズだよ。
本田 やんのかお前。いいか、俺がこうなったのは俺のせいじゃない。社会が悪いんだ。
松田 自分で言っちゃってんじゃん。すげえクズじゃんお前。(泉に)ねえ?
泉 どっちもクズだよ。
松田 だな。俺もクズだな。もういいよ。爆発させて。ドン、爆死、おしまい。
本田 嫌だ。
松田 ……なんで?
本田 お前の指図は受けない。
松田 なにそれ……、ガキか。
本田 社会が悪い。
松田 また出た。
本田 懇願しろ。土下座して。爆死させてくださいって。
松田 ……わかった、やっぱり撃ち殺す。もう、今ならすっと撃ち殺せる気がする。じゃ、あの世で会おう、さよなら。

 鈴木が現れる。

鈴木 はい、はい、ストップ、はい。
松田 ……誰だよ。
鈴木 違う。もったいない。
松田 誰なんだよ。
鈴木 緊張感が足りない。グダグダ。
本田 あの俺たちもう死ぬんで。
鈴木 だからこそでしょ。あんたたち死ぬってことがわかってない。死ぬってもっとこう、……ドラマチックでしょ? そういうグダグダな感じで死ぬのは、違う。
松田 誰なんだよ。
本田 さっきもいたんですよこの人。
鈴木 このコ(泉)だってさ、せっかく最後の言葉言い終わってたのに。ダラダラ生き残ってるしさ。
本田 なんか作家らしいんですよ、この人。
鈴木 そう、だから、もうちょっと真剣にやってほしいんですよ。そしたら書きますから。
松田 別に書いてもらわなくてもいいんですけど。
本田 あんた本当に作家なんですか。見たことないですよ。
鈴木 まあ、そんなにメジャーじゃないですから……。
本田 え、なんていうんですか、名前。
鈴木 鈴木ですけど。
本田 いや、鈴木じゃわかんないです。
鈴木 鈴木美智子です。
本田 鈴木美智子? あ! え、鈴木美智子って、あの、「コンビニ列車」の鈴木美智子さんですか。
鈴木 え、ご存じなんですか?
本田 読みました。すごい良かったです。
鈴木 え、ほんとですか?
泉 あ、あの、私も読みました。
鈴木 え、ほんと?
泉 「コンビニ列車」もそうですし、あと「火花のスクラップ」も。
鈴木 えーほんと? 嬉しい。

 鈴木は松田を見る。本田と泉も松田を見る。

松田 ……いや、あの、すいません。
泉 本とか読まなさそうですもんね。
本田 だから誘拐とかしちゃうんだよ。
松田 ……すいません。
本田 あの、握手してもらっても。
鈴木 ええ、もちろん。(握手する)
本田 うわーありがとうございます。
泉 あの、あたしも。
鈴木 ええはい。(握手する)
泉 あー嬉しい、もう死んでもいいです。
本田 もう死ぬんだけどね。
三人 あははは。
松田 なんか仲良くなってない?
泉 鈴木美智子が好きな人で悪い人はいないです。
本田 あの「コンビニ列車」でさ、山岡がわざと発注の端末落として壊すとこあるじゃないですか、
泉 あれわかるー。
本田 俺もわかるー。
鈴木 あそこ私も思い入れあるんですよー。
本田 あそこのくだり本当よかったです。
泉 すごいあたしのこと書いてるって思いました。
鈴木 ほんと? よかった嬉しい。
本田 あの、さっきの、なんか死ぬとか死なないとかやってたくだり? 僕もなんかちょっと違うなって思ってたんですよね。
泉 あたしも思った。死ぬってこういう感じじゃないよね。
鈴木 あんまり文学的じゃなかったよね。
泉 (松田に)だからやっぱりさ、あたしが最後の言葉を言い終わった時点で、あたしのこと殺さないといけなかったと思う。
松田 え、俺?
泉 だって、あたし死ぬと思って、懺悔する気持ちで赤裸々に語ってたのに、あそこで死ななかったら、なんか、文学的じゃない。
松田 文学目指してないから。
鈴木 で、なんかこのコの縄外しちゃってるじゃない。これは、ないね。
泉 いや、ない。ほんとない。(松田に)あたし逃げちゃうよ? いいの、逃げちゃうよ?
松田 よくないけど……。
本田 え、ずっと見てたんですか。
鈴木 けっこう最初から見てた。
本田 やっぱ観察って大事ですもんねー作家って。
泉 どういう感じだといいですかね? さっきのくだり。
鈴木 全体的にちょっと喋りすぎって感じかな。
本田 喋り過ぎかぁ。
鈴木 やっぱ文学ってもうちょっと静かなんだよね。たまにセリフばっかりの手抜き小説みたいなのあるけど、あれはやっぱりダメだね。演劇の台本じゃないんだからって感じ。え、ちょっとやってみて。あの、キミ(本田)がそこにいてさ、
本田 本田です。
鈴木 うん、本田くんがさ、そこで物音たてちゃって、そこの誘拐犯に気づかれるところ。
本田 あ、そこから見てたんですか。
鈴木 うん、見てた。
本田 やっぱ作家は違うなあ。ここですね。(位置につく)
泉 (そのときにいた場所座って目隠しをつけて)私こんな感じでいいですか?
鈴木 うん、そうだね。
松田 ……。
本田 ちょっと、はい、誘拐犯ここ。(松田を位置につける)
松田 (不満げに)……はい。
鈴木 うん、いいね。じゃ、ちょっと物音立ててみて。
本田 はい。(物音立てる)
松田 ……。
鈴木 物音鳴ったよ、どうすんの?
松田 あ、すいません、……誰だ、
本田 やば、
松田 (見つけて)来い。

本田、松田に引きずりだされて、泉の横に座らせられる。

松田 見てたな。
本田 見てないです。
松田 いや見てたな。
本田 見てないです。
松田 (本田に拳銃をつきつける)
本田 見てました、はい、すいません。
鈴木 うん、ありがとう。ちょっと文学じゃないなぁ。
本田 あー、僕もちょっとしっくりきてないですね。
鈴木 ちょっと違うのやってみて。
松田 (少しして自分に言ってることに気づく)あ、俺っすか?
泉 ぼーっとすんなよ。
松田 ……はい。
鈴木 ちょっと別の感じで、もう一回。はいどうぞ、物音。
本田 (物音を立てる)
松田 おいおいなんだおい、物音が鳴ったな。ってことは? 誰かがいるってことだな。おい出てきたらどうなんだ、俺を誰だと、
鈴木 違う、
本田 違う、
泉 違う、
松田 違うのかよ。
本田 文学じゃない、
泉 センスない、
鈴木 あのね、きいてた? 私最初に「喋り過ぎ」って言ったじゃん。ちょっと、今のくだり一切喋んないでやってみてもらえる?
 で、コメカミに銃突きつけて最後に一言「なあ、女は好きか?」って言ってみて。じゃあもう一回物音。
本田 はい。(物音を立てる)

 松田、音の鳴った方を見る。
 本田、息を殺す。
 松田、少しして、ゆっくり音の鳴った方に歩み寄る。
 本田、一切動かず、なんとか気づかれないようにしようとする。
 松田、素早く本田の腕をつかみ、泉の横に倒す。
 その後本田を起こし、コメカミに銃口をつきつける。

松田 ……なあ、女は好きか?
鈴木 ……(嘆息)いい。文学的。
本田 いいですねこれ。
泉 さすがです。恐れ入ります。
鈴木 どうだった?
松田 ……まあ、悪くはなかったかな。
本田 なんか、すごい希望が見えてきました。
泉 最後まで緊張感保って、文学的な最期を迎えましょう。
鈴木 けっこう長丁場だよ、小説なんて一日や二日じゃ書けないからね。
本田 や、もう何日かかっても大丈夫なんで。
鈴木 ちょっと休憩してご飯とかにしようよ。コンビニとかあったっけ?
本田 いやー、歩いたら30分くらいかかるんじゃないですかね。
泉 この人(松田)、車だよ。
松田 ああ、まあ。
鈴木 あ、じゃあ私ここに残ってアイディア練っとくから、お弁当とかお菓子とか。(財布からお金を出そうとする)
本田 あー僕出しますから。
鈴木 本当?
本田 もうはい、大丈夫です。
泉 じゃあ買ってきます。好きなものとかありますか?
鈴木 んー、牛カルビかな。あと、お菓子多めで。あ、お酒も少し。
泉 わかりました。

 鈴木を残して三人は去り始める。

松田 さっきのさ、「なあ、女は好きか?」ってどういう意味?
泉 さらわれた女と無理やりなにかやらせるのかなあとか、一緒に殺すのかなあとか、読者の想像がひろがって緊張感が保たれるでしょ。
松田 あ、なるほど。作家ってすげえんだなぁ。

    2

 それから少し時間が経った。
食べ物や酒が床に広がっている。
 みんな少し酔っぱらっている。

本田 ほんとなんなんだろうって思いますよ、大学出て資格までとったのに、一級建築士ですよ、一級建築士。二級じゃなくて一級ですよ。
泉 そんなすごい人だったんだー。
本田 すごいんですよ。
松田 あんた偉いよ!
本田 松田さーん。わかってくれますか僕の気持ちを。
松田 わかる、俺も振られたことある。女ってほんと勝手だよな。
鈴木 でも、だいたい原因は男だからね。
泉 そっすよほんとに。
本田 ほんと何もしてないんすよ僕。
泉 だって男らしくないじゃん。
松田 出た、「男らしくない」、むかつくわぁ。
本田 むかつきますよねぇ!
泉 だって、男は男らしくいてもらわないとさぁ。
松田 「お前女子力ねえなぁ」って言われたらむかつかない?
泉 むかつく、ってかそれ会社で言われた。
本田 それと同じだよ。
泉 それは違うんだって、だって毎日深夜まで働かされて、女子らしさとかに使う気力が残ってないから。
鈴木 泉ちゃんなんの仕事してんの?
泉 まあ、小さい広告代理店ですよ。
鈴木 すごいじゃん、ザ・リア充職じゃん。
泉 全然もう、掃き溜めですよウチは。
本田 なんか広告とか作ってんの? 俺見たことあるかな。駅にある広告とか?
泉 あーそういうのはもっと大きなところが持ってちゃうから。もっとちっちゃい企業の、……あのさ、太るバイトって知ってる?
松田 なにそれ?
泉 一か月で10キロ太ったら20万。
本田 なにそれ、なんかの実験。
松田 わかった、治験。
泉 ブー。ダイエット食品のモデルのバイト。
鈴木 ダイエット食品のバイトだったら痩せなきゃダメじゃん。
本田 太ったら宣伝になんないじゃん。
松田 (気づいて)うわっ。あ、わかった。わーそうか、マジか。
鈴木 あ、そうか。
本田 え、なになにどういうこと?
松田 だから、逆に使うんだよ、写真を。
泉 そう。
本田 え、わ、わーー。
泉 ビフォーに太った写真載せて、アフターに痩せてる時の写真載せるのね。
鈴木 深い。闇が深い。
泉 そんな仕事してるとさ、あたしがお金をもらっているこの仕事はいったいなんだろう、精神と体力削ってつくっている私のこれは、いったいなんなんだろうってさ。それで今日、急に目隠しさせられて、車に乗せられて、ああそうか、もう会社いかなくていいんだ、もうこんなことしなくていいんだって。
本田 ……辞めようって思わなかったの?
泉 ああ、もちろん何回も思ったけど、でもあたしがいなくなったらみんな困るだろうし、あたしがもっと効率的に仕事すればいいだけかもしれないし、別に居心地悪い職場ってわけでもないし、残業代だって出るし、まあいっかって、辞めて親に説明するのも面倒くさいし、たまにリュウヤに会って思いっきり愚痴きいてもらえればそれで幸せかなって、
鈴木 それ、けっこう末期だよ。
泉 いやいや、だって別に苦しくて死にたいとかじゃないですから、
鈴木 それ、感覚マヒしてるだけだから、
泉 いやいやほんとに、
鈴木 さっき、この人(松田)に殺される感じになったじゃない、そのとき、死にたくないって、思った?
泉 あー、まあ、死にたいとか死にたくないとかっていうより、もう会社いかなくていいなぁとか、あたしがやってた仕事、誰がやるのかなぁとかの方が強かったですね。
鈴木 末期。
泉 え、
本田 末期だ。
泉 えー?
松田 うん、おれちょっと怖いなって思った。
泉 いやいや、だって末期って、もっと追い詰められてる感じにならないですか。
松田 いや、追い詰められてるよ。
泉 え、追い詰められてるんですかあたし。
鈴木 自覚ないだけだよ。
泉 あーそっか、なるほど、死にたくないって思いますもんね普通。
本田 あ、気づいた。
鈴木 それ、訴えたら勝てるから。次の仕事探した方がいいよ。
泉 んー、でも訴えるのも仕事探すのも面倒くさいですねー。(ちょっと笑ってる)
松田 え、なんで笑ってんの、怖い。
泉 え、なんで?
鈴木 いい? あなたたちも一歩間違えたらこういう感じになるんだからね。
本田 気を付けます。
泉 松田はなにやってるの。
松田 え? あー俺は、今はなんもしてないんだけど。前までスーツアクターやってた。
本田 あ、あれだ、服屋とかに貼ってある写真の、
松田 ん、なにと勘違いしてるのかわからないけどたぶんそれじゃないよ。
鈴木 ヒーローショーとかってこと?
松田 そうっすそうっす。
泉 へー。
本田 怪人とかボコボコにするんだ。
松田 いや、俺はボコボコにされる方で。でもあれ、ヒーローより怪人の方がうまい人がやるからね。
泉 そうなんだー。
鈴木 やられる方が難しいってことなんだ。
松田 そうそう、派手にキレイにやられなきゃいけないから。
本田 あーなるほど。
松田 でもなんか、あれ、俺なんで悪いことしてないのに毎回やられてるんだろうって、妙に引っかかるようになっちゃって、急にモチベーション下がっちゃって、
泉 それでやんなっちゃって辞めたんだ、
松田 いや。よく一緒にやってたヒーロー役のやつが妙に調子こいたやつでさ、よく台本にないことやって怪人に必要のない攻撃とかしてたんだよ。俺も危ないからやめろって何度も注意してたんだけど、その日の舞台も、仲間の怪人に、プランにない飛び蹴りをしてさ、それで、そのアクターが明らかに様子がおかしいわけ、怪人のスーツ着て表情とかはよくわからなかったけど、あれはきつい怪我したなって俺にはわかった。そのとき俺は気づいたんだよ。悪はこいつじゃないかって。倒されるべきなのはこいつじゃないかって。そのあとのことはよく覚えてないんだけど、どうやら、そのあとのシーンで、俺、そのヒーローのアクターを、舞台の下に投げ飛ばしたらしいんだよ、一本背負いで。
 で、命に問題はなかったけど、腰を思いっきりやっちゃったらしくて。それでもう、俺もいられる雰囲気じゃなくなってさ。保険入ってたから、賠償金はなんとかなったけど、なんだか不思議に思ったなぁ。悪ってなんなんだろうって。
泉 その調子こいてるやつが悪いんですよ。
本田 鈴木さんは、やっぱり小説だけで生活してるんですか?
鈴木 小説書くだけで生活できてる人なんてほとんどいないよ。
本田 じゃあなにかほかにお仕事を。
鈴木 コンビニ。
本田 ……あ、へー。
鈴木 でも、いろんな人が来るから、けっこう勉強になるよ。
泉 『コンビニ列車』もコンビニの話ですもんね。
鈴木 そう、週5で8時間。時給1100円。月収いくらだと思う。
泉 ……15万くらいですか?
鈴木 一か月で22日働いたとして、193,600円。所得税と年金、健康保険引かれて手取り16万くらい。やってらんないね。もちろん原稿書いてお金もらうようなこともあるけど。
松田 しんどいですよね。
鈴木 まあね。……よし、今の話聞いてて、こう、みんなが死ぬ構想がなんとなくは固まってきたな。
泉 えー、きかせてください。
鈴木 いやでもまだ最後がねぇ。こう、人間にとって幸せな死に方ってなんだろうなぁって。
本田 え、僕たち幸せに死なせてもらえるんですか。
鈴木 まあやっぱ幸せな方がいいんじゃないかなーって、こうやって協力してもらえるわけだし。
泉 いや協力してもらってるのはあたしたちの方ですよ。
鈴木 本田はさ、なんで爆弾で死のうと思ったわけ。
本田 ええ? あー、まあ、なんか自分らしい死に方がいいなと思って。僕、爆弾とか作んの好きなんで。
泉 自分らしい死に方かぁ。その発想はいいなー。
鈴木 泉ちゃんはどう死にたい?
泉 あー、でもやっぱりリュウヤに愛してるよって言われながら死にたいなぁ。
鈴木 ほか。
泉 厳しいなぁ。でも、笑いながら死ねたら幸せですかね。あはははは、あはははは、あはははははー! (松田に)あ、撃っていいですよ今。あははははーあははははー!
松田 え、怖い、やだ、この人思った以上にやばい。
鈴木 泉ちゃんにとって「自分らしい死に方」ってなに?
泉 うーん、本田さんみたいに特技とかあるわけじゃないしなー、
鈴木 好きなものは?
泉 リュウヤ。
鈴木 ほか。
泉 うーん、これといって趣味もないんですよねー。だから、自分らしいっていわれても、あたし、なんなんでしょうね。あれ、(涙が出ているのに気づいて)あ、すみません。(背を向ける)あー、あれ、とまんない、ごめんなさい。

 沈黙。

松田 ……死ぬ必要、あるんですかね。
鈴木 (松田を見る)
松田 なんかこのまま死ぬのはよくないと思うんですよ。その前に、なにかやっておかなきゃいけないんじゃないかって。
本田 道徳の教科書かお前は。
松田 いや、そういうんじゃなくて。
本田 ダメだよ今更。
松田 そうじゃなくて、このまま虐げられたまま終わっていいのかなって。泉ちゃんの涙とか、俺の怒りとか、本田の悔しさとか、このやり場のないエネルギーを抱えこんだまま死ぬのは違うんじゃないかって。だって、死ぬべきなのは俺たちなのか?
鈴木 (松田を見ている)
松田 掃除機のパックあるじゃん。吸い込んだゴミがたまってさ、いっぱいになったら捨てられんのね。俺たちってさ、今、掃除機のパックになろうとしてるんじゃない?
本田 ちょっとその例えピンとこない……。
松田 だから死ぬべきなのは俺たちじゃなくてさ、
泉 あーー。

 少し沈黙。

泉 やだ、あたしは掃除機のパックなんかじゃない。違う。違う。
松田 な、そうだろ?
鈴木 あー!
本田 え?
鈴木 私だって掃除機のパックなんかじゃない! やだぁ、もう働きたくない!
本田 鈴木さん? あれ? 急に酔っぱらったかな?
鈴木 酔っぱらってない、酔っぱらってないもん!
本田 いや、酔っぱらってますって。
松田 でも俺たちはさぁ、今、その掃除機のパックになろうとしてるんだよ。
泉 あー、破裂してやりたい、破裂してゴミまき散らしてやりたい、
松田 ……そうだよ、まき散らすんだよ、抱えたものを。

 泉は振り向く。

松田 今までで一番いい顔してるね。
泉 思い出しました。就活で、絶対広告代理店に入ってやるんだって思ってた、キラキラしてたあの時期のこと。今、あのときと同じ気持ちです。
松田 そうか、
泉 よし、私たちの人生の目標のために、みなさん、頑張りましょう!
鈴木 おー!
本田 ちょっとみなさん?
泉 ほら本田も!

 みんなで「えい、えい、おー!」と言う。
 本田はややついていけてないが、なんとかのっていく。

泉 では、会議を始めます。
本田 会議?
泉 今回の企画のコンセプトは「いかにして我々のやり場のない思いを、我々を虐げてきたもの達にぶつけられるか」です。
本田 完全に仕事モードじゃないっすか。
泉 そこ、うるさい。
本田 すみません……。
泉 では、意見のある人は、手をあげてください。

 松田と鈴木は深く悩んでいる。

本田 ……あ、じゃあはい。
泉 はい本田さん。
本田 実名で遺書を書くというのはどうでしょう。
泉 詳しくお願いします。
本田 死ぬ前に遺書を書くんです。その中に、我々を虐げてきたやつらの実名を一人残らず書くんです。そうすると、なんかこう、警察とかがその人のこと調べたりとか、するんじゃないでしょうか……?
鈴木 はい。
泉 鈴木さん。
鈴木 甘いと思います。私たちが今まで感じてきた惨めさとか怒りとか、そして死ぬという結果と、つり合いが取れていないと思います。
泉 では鈴木さんは何をするのがいいと思いますか?
鈴木 うーん……、
松田 はい。
泉 はい、松田さん。
松田 やはり、……我々と同じ結果になってもらうっていうのが……、

 沈黙。

泉 ……例えば、どういう方法で?
鈴木 まあ、その拳銃で、虐げてきたやつらを一人ずつとか?
松田 俺は、あいつか、あのヒーローの野郎を、バンッと。
本田 ……。
松田 お前は、急に別れようとか言ってきたヤツだろ。
本田 いや、まあそうなんだけど……、
松田 なんだよ。
本田 でも俺、まゆゆのこと酷い目に合わせようとか、思わないかな……。
松田 なんか生理的にやだって言われたんだろ。
本田 そうだけど、でもまだ好きだし。
鈴木 いい人過ぎるんじゃない?
本田 嫌いにはなれないんですよね。
泉 鈴木さんは誰を?
鈴木 いや、私はそういうのないから。
本田 泉ちゃんは?
泉 うーん、そう言われると。
松田 リュウヤだろ。
泉 リュウヤは悪くない!
松田 百パーセント悪いだろ。
泉 でも、たぶんなんか事情があったんだろうし。
松田 ……もうちょっとやる気出してくれないかな?
泉 やる気はある。
本田 ある。
鈴木 かなり。
松田 じゃあそいつらに復讐してやれよ。
三人 いやぁー。
松田 なにそれ、どうしたのさっきのやる気は。
泉 やる気はある。
本田 ある。
鈴木 かなり。
松田 じゃあそいつらにさ、
三人 いやぁー。
松田 なんで。なんでなの。
泉 まぁでも案としては、ひとまず、保留、ですかね?
本田 保留。
鈴木 保留だね。
松田 保留かよ……。
泉 ええとじゃあ、他の案。
松田 はい。
泉 松田さん。
松田 じゃあもうさぁ、人通りの多いところにさ、トラックで突っ込んでさ、
泉 ……いや、それはねー、
鈴木 ……いや、いいと思うよ、

 沈黙。

泉 ……ダメですよ。
鈴木 いいんじゃないかな。
泉 よくないと思います。
鈴木 なんで?
泉 人間として。
鈴木 人間らしい扱いなんてされてこなかったのに?

 沈黙。

本田 俺は、やりたくないな。だって、俺その人たちに恨みないし。
松田 あるだろ。
本田 ないよ。
松田 社会に対してのさ、
本田 社会? 社会ってなに? 俺、社会から何かされたなんてこと一度もないよ。社会なんてやつ見たこともないし会ったこともない。人間じゃないか、俺たちが恨みをもってるのは。特定の人間だよ。
松田 お前、自分がこうなったのは社会が悪いって言ってなかった?
本田 あれは……だから、誰が悪いかわかんないから、とりあえず社会が悪いって言っただけでさ……。
鈴木 でもメッセージにはなると思わない? 私たちがそういう事件を起こすことで、私たちを虐げた人たちは何か思うでしょ。それに、社会だって変わるかもしれない。こういう人たちが出てこないような、よりよい社会をつくろうって。
泉 メッセージのために知らない人を犠牲にするんですか。
松田 知ってる人よりはいいと思うな。罪悪感少ないだろ。
鈴木 そう、それに、それって私たちが殺したってことになるのかな、違うんじゃない? 社会が殺したってことでしょう。社会システムが生み出した不条理が、その人たちを殺したってことでしょう。
泉 (嫌悪感を抱いている)
鈴木 それに細かいことはいいじゃない。だって、どうせ死ぬんでしょうあんた達。やっちゃいなよ、そっちの方が面白いよ。
松田 ほら、そっすよね。俺たちが悪いんじゃない、俺たちを生み出した社会が悪いんだよ。
泉 ……ゴミ。
松田 ……。
泉 他の案をお願いします。
松田 今ゴミって言ったか。
泉 何か他の案。
松田 (泉の額に銃口をあてて)おい、ゴミって言っただろ。
鈴木 ……まあまあ。
泉 ……殺せよ。
鈴木 やめなよ。
松田 謝れ。
泉 殺せ。
鈴木 やめなって!
泉 ……なんでも暴力で自分の思い通りにしようとして、クビになったのだって自分が悪いクセに、人のせいにして。あたしは違う、あたしは人のせいになんかしない。全部自分の責任だから。あたしは今まで全部自分の責任でやってきたから。
松田 偉そうに言うな、親から金騙し取ってたやつが。
泉 だから死んで当然なんだよあたしは。殺してよ、ほら、殺せ。
鈴木 まぁまぁもういいじゃない。
泉 あんたもさぁ。
鈴木 ……?
泉 「あんたたちどうせ死ぬ」? 「そっちの方が面白い」? ざけんなよ、一生懸命生きてんだこっちは! 低賃金のクセに!
鈴木 低賃金じゃ悪いの?
泉 手取り16万? あたしは残業して、たっくさん残業して、月に56万もらってるんだ! あんたなんかよりよっぽど社会から認められてるんだ!
鈴木 金もらってる奴の方が偉いってか?
泉 人のことただのネタだとしか思ってない奴の方が偉いか!
鈴木 (松田に)もういいよ、殺してよそいつ。
泉 殺せよ。
本田 ま、そんな熱くなんないでさ。
泉 うっせんだよゴキブリ。
本田 ゴ、どこがゴキブリなんだ!
泉 臭くて人が近寄ってこないとこだよ!
本田 な、なんてこと言うんだ!
泉 臭い、近寄らないで、きしょい、
本田 きしょいってなんだきしょいって!
泉 あたしはお前らとは違うんだよ、あたしが一番責任もって自分の仕事して、一番社会に貢献してきたんだよ!
本田 殺せ、早くこいつ殺せ、
松田 挑発に乗るなよ、
本田 俺が殺す。(拳銃を奪おうとする)
松田 やめろ、
本田 なんでだ!
松田 お前本当に殺すだろ、
本田 あんただって殺そうとしてただろ、
松田 そうだけどさ、
本田 (ついに奪い取る)よし、(こちらに向かおうとしてきた松田を牽制する)動くなよ。……俺が殺すべきはまゆゆじゃなくてお前だ。お前みたいな、今まで俺を侮蔑の目で見てきたヤツらだ。
泉 撃てるんだったら撃てばいいよ。どうせ人を殺す勇気もないクセに。殺せ。こんな生きてる価値のない人間殺せ。

 銃声。

本田 あ、あ、撃っちゃった。

 本田は腰を抜かして座り込む。
 銃弾は泉の顔をかすったらしい。
 泉は、摩擦で熱くなった頬を恐る恐る触る。
 泉、急に立ちくらみがして立っていられなくなる。
 うまく呼吸ができなくなり、かなり早い呼吸になり、
 落ち着かせようと思ってもなかなか落ち着かない。

松田、みんなから離れて座る。

本田 あ、あの、ほんと、撃つ気なんかなくて。

 松田、「拳銃を渡せ」という意味で本田に向けて手を差し出す。

本田 あ、あの、すみません、ちょっと、離れない……。

 本田の手が硬直し、拳銃を離せないらしい。
 松田は、本田の指を一本一本離していき、拳銃を奪う。

松田 こんなもんなんだ俺たちは……。

 少し沈黙。

松田 本気で人を殺すことなんかできないし、本気で死ぬ気もないんだ。つくづく情けない……。

 沈黙。

松田 今、殺してほしい奴、殺すよ、俺。
鈴木 ……撃てるの?

松田、少しして拳銃を投げ置く。
沈黙。

松田 ……昔っから戦隊ものが好きでさ、俺は将来ヒーローになるんだって、そう思ってた。大人になるにつれて、現実にはヒーローなんていないんだって気づき始めた頃、スーツアクターっていう仕事を知って、ああ、これだ、そう思った。俺は運動神経もいいし、できるはずだって。人前で何かやるのも好きだったしさ。最初はたくさんいる戦闘員から始まって、そのあとヒーローの役もやり始めて、ある時期、上の人たちがみんなやめちゃってさ、俺が悪役を任されるようになった。ま、はじめのうちは頼られてるんだなって思ったけど、やっぱり俺がなりたかったのはヒーローだったからさ。それに、俺は、あんな礼儀もなにもなっていないヒーローは許せなかったんだよ。ヒーローはあんなんじゃない。あれはヒーローじゃないよ。……ま、今の俺がヒーローかって言われたら、……10年前の俺が今の俺を見たら、きっと俺のことをヒーローとは呼ばないだろうな。

 泉は落ち着いたようだ。

泉 ……ごめんなさい。
松田 ん?
泉 殺せって言ったけど、ごめんなさい、……撃たれてみて、やっぱ死ぬの、怖い……。
松田 ああ、そう。
泉 私も喋っていいですか、今みたいな感じで、
松田 ま、いんじゃないの。
泉 ……ああ、やっぱいいです、つまんないわ、この話。
松田 そう。
泉 10年前のあたしが今のあたし見たら、なに思うんだろう。
松田 頑張れって思うんじゃない?
泉 ……。
松田 いや、もう頑張んなくていい、かもな。
泉 もう頑張んなくていいんすか……?
松田 自分で決めろ。
泉 ……「俺には泉ちゃんが必要なんだよー」とか、「泉ちゃんのおかげで今回の事業は大成功だよー」とか言われて、あたしの仕事でみんなが幸せになって、とか、あきらめろって話ですかね……。
本田 俺には泉ちゃんが必要なんだよー。
泉 キモい。
本田 ……そう、キモいんです、僕。
泉 (ちょっと笑う)
本田 (松田に)あの、ヒーローってもうなれないんですか。
松田 (本田を見る)
本田 まだ人生長いじゃないですか。
松田 無理だよ。
本田 (泉に)ねえ、あなたの仕事で人を幸せにするのって、無理なんですかね?
泉 無理。

 本田、拳銃を取り、自分のコメカミに銃口をあてる。

本田 松田さん、ほら、僕死にますよ。いいんですか。
松田 なんでだよ。
本田 理由なんかないです。あと10秒で死にます。
松田 やめとけって。
本田 10、9、8、
松田 どうせ死ねないよ。
本田 本気で言ってるんだ俺は! 7、6、5、
松田 どうしたんだよ、
本田 ヒーローなんだろ。……ヒーローが、人が死のうとしてるのを、そのまま見過ごすのか。それがヒーローなのかよ。
松田 ……。
本田 4、3、2、1、

 松田、拳銃を奪う。

本田 ……なんで助けたんですか?
松田 助けるのに理由なんかいらねえだろ。
本田 ……ほら、なれるんですよ、今からでも。
鈴木 ……ちょっと待って。今の、
本田 ?
鈴木 もう一回やってみて。
松田 恥ずかしいっすよ。
鈴木 いいから。拳銃奪うところから、
本田 いや、
鈴木 いいから。

 本田がもう一度拳銃を持ち、松田が奪う。

本田 ……なんで助けたんですか?
松田 助けるのに理由なんかいらねえだろ。
本田 ……ほら、なれるんだよ、今からでも。
鈴木 これだ。
本田 なんですか。
鈴木 作品の題材。あ、でも……、
泉 なんですか。
鈴木 小説っていうよりは、……もっとこう、二人が舞台でさ、
松田 ショーの台本?
鈴木 そう。
本田 え?
鈴木 だから私が台本書いて、二人が、それをやるの。
本田 え、でも僕、アクターとかじゃないですし、
松田 今やったようにやればいいんだよ。
本田 ええ?
鈴木 なんか小さくてもいいからさ、チラシとか作ってさ、
泉 あ、

三人、泉を見る。

泉 (控えめに手を挙げて)あたし、チラシ作れる。
鈴木 ほら!
本田 でも、やるったってどこで?
鈴木 どこって……、(ぱっと見まわして)ここ!

 少しずつ音楽が聞こえてくる。

本田 こんなボロいとこでやったって、だってステージだって……、つくれる。
鈴木 一級建築士!
本田 でもだってお金もかかるし、
松田 多少はなんとかなるよ。
本田 ええ?
泉 こういう土地とか建物って高いんですか、
本田 どうだろう……この感じじゃ、立地的にも相当安くすむと思うけど。でもここ人通りも少ないし、お客さんなんて来るかどうか、
泉 たぶんある程度はなんとかできる、かな……?
鈴木 書くよ。みんながやらないって言っても、私書くからね。
松田 ちょっと体とか鍛えなおさないとな。
泉 (鈴木に)あの、あとで宣伝のコンセプトとか、そういうのきかせてもらっても、
鈴木 ああうん、わかった。
松田 (本田に)いいか、まずは体作りからだ。ビシバシいくぞ。
本田 ああ、うん。

 本田、スマートフォンに声を吹き込んでいる。

本田 さて、なぜ俺が死にゅのか、(自分の頬を叩く)なぜ俺が死ぬのか、それは……なんだったかな。きっと死のうと思っていたことすら、そうやって忘れていくのかもしれない。このメッセージを聞く人はいないだろうけど、もし偶然誰かがこのメッセージをきいて、今あなたが、この世界から消えようとしているなら、

松田 おし、そろそろいくぞ本田、
本田 ああ、うん。

 二人は去っていく。

泉 今日もそこそこ入ってますね。
鈴木 泉ちゃんの宣伝のおかげね。
泉 でも、まだまだ連日満員にはほど遠いですね。
鈴木 本田くんとは順調?
泉 あ、実は……、

 二人の声がきこえてくる。

本田の声 ヒーローなんだろ。……ヒーローが、人が死のうとしてるのを、そのまま見過ごすのか。それがヒーローなのかよ。
松田の声 ……。
本田の声 4、3、2、1、……なんで助けたんですか?
松田の声 助けるのに理由なんかいらねえだろ。
本田の声 ……ほら、なれるんですよ、今からでも。

そんな声が聞こえている中、泉は婚約指輪を鈴木に見せる。
 鈴木は泉の肩をたたいたり、髪をぐしゃぐしゃにしたりして祝福している。

 舞台から、拍手の音が聞こえてくる。

――幕

作・小佐部明広