ふたりの桃源郷

シリアス///
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[人数]3人(男1/女1/不問1) [想定時間]20分 [カテゴリー]シリアス

【あらすじ】
犯罪をおかして家で合流した二人。そこに警官が訪ねてくる。警官は意味ありげなことを言い家に土足であがりこみ、突然食べ物を要求してくる……。



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【登場人物】
秀樹(男)
まさみ(女)
岡内/警察

 秀樹がドアを開けて大きめなカバンを抱えて走り込んできて、そのまま倒れこむ。
 秀樹は息を切らしている。

 しばらくして、秀樹はカバンを開けて中を見る。
 秀樹、笑いがこぼれる。
 中から札束をいくつも取り出し、顔に当ててはこぼれるように落としていく。

 そこに、まさみが現れる。
 まさみは手袋をはめて、別のカバンをひきずっている。

まさみ やった?
秀樹 やった。俺やったよ。
まさみ よかった。私も。(とカバンを男に見せる)
秀樹 やった。(泣く)……やったよ……
まさみ やればできるんだよ。
秀樹 ……
まさみ やればできるんだよ、銀行強盗だってなんだって。
秀樹 ……

 秀樹は床に落ちている札を拾い集めて、急いでカバンにしまう。

秀樹 行こう。
まさみ ……
秀樹 こんな汚い田舎に用はない。裏に車停めてあるから。
まさみ うん。

 チャイムが鳴る。

秀樹・まさみ ……

 もう一度チャイム。
 「すみませーん」という声。

まさみ (秀樹を見る)
秀樹 ……

 もう一度チャイム。
 「すみませーん」という声。

まさみ ……
秀樹 ……

 もう一度チャイム。
 「すみませーん。いるのはわかってるんですよ。話し声きこえてましたから。」という声。

まさみ (秀樹を見る)
秀樹 ……(少し逃げようとする)

 「逃げてもムダですよ。どうしても出てこないなら、ドア壊しますよ。」という声。
 少しの沈黙。

秀樹 (大声で)すみませーん。今出まーす。
まさみ 秀樹……
秀樹 大丈夫、大丈夫だよ。

 秀樹はドアを開ける。

秀樹 すみません。トイレにいたもので、
岡内 失礼します。わたくし、北警察署の岡内といいます。
秀樹 警察、
岡内 二、三伺いたいことがあるのですが。
秀樹 ああ、なんでしょう。
岡内 このあたりで不審な人物を見ませんでしたか。
秀樹 さあ……?
岡内 ……。
秀樹 見てないと思いますね。
岡内 そうですか。
秀樹 すみませんね、
岡内 そちらにいるのは奥さんですか?
秀樹 え? ええ、まあ、
岡内 奥さんにも伺いたいことがあるのですが。
まさみ なんでしょう。
岡内 料理はお上手ですか。
まさみ はい?
岡内 料理の腕には自信がありますか?
まさみ はあ、言うほどではないですが、多少は。
岡内 それはよかった。

 岡内が土足で上がり込んでくる。

秀樹 え、あの、
岡内 お腹がすきました。
まさみ ……はい?
岡内 腹減った!
秀樹 ……あの、すみません、これから用事があるので。
岡内 何か調べられるとマズイものでもあるんですか。
秀樹 いえ、ですから用事があるんですよ。
岡内 私は知っているんですよ。
秀樹 え?
岡内 あなたが何をしたのか。
秀樹 ……。
岡内 腹減ったなぁ。
秀樹 ……。
まさみ ……。
岡内 私は取引をしてるんですよ。
秀樹 ……。
まさみ ……。
秀樹 (まさみに)何か作ってやれ。
まさみ はい、

 まさみは去る。

岡内 どうですか。
秀樹 はい?
岡内 奥さんの料理は?
秀樹 ……うまいです、
岡内 それはよかった。
秀樹 どこまで……?
岡内 はい?
秀樹 どこまでご存知なんですか?
岡内 ……さあ。

 まさみが現れる。

まさみ あ、あの……カップ麺しかないんですけど。
岡内 は?
まさみ すみません、食材を切らしてて、
岡内 ……。
まさみ すみません、
岡内 いいですよ。
まさみ すみません。
岡内 じゃあ、よろしくお願いします。(立ち上がって歩き出す)
秀樹 あ、どこへ?
岡内 (立ち止まって振り返る)トイレ、こっちでいいですか。
秀樹 はい……

 岡内は去る。

秀樹 くそ、
まさみ ……
秀樹 なんなんだよあいつ、
まさみ ……
秀樹 こんなにすぐ警察が来るなんて、
まさみ どうすんの?
秀樹 わかんねえよ。
まさみ だってマズいよ、
秀樹 ……。
まさみ ねえちょっと?
秀樹 ……。
まさみ ちゃんと考えてる?
秀樹 今考えてんだよ!
まさみ そんな怒鳴らないでよ、
秀樹 お前はいっつもそうだよ。困ったことは全部俺に押し付けて、
まさみ 今はケンカしてる場合じゃないでしょ。
秀樹 誰のせいでケンカになってんだよ!
まさみ わかったけどどうするか考えないといけないでしょ!
秀樹 だから、
まさみ なに?
秀樹 ……そうだよ。
まさみ なに?
秀樹 取引だよ。
まさみ ?
秀樹 さっき取引って言ってたじゃないか。
まさみ なんの?
秀樹 だから、
まさみ なに?
秀樹 飯食わして……金だよ、金、金渡せばいいんだよ。
まさみ でも、(男のカバンを抱くようにして)これは私たちの金だよ。
秀樹 しょうがないだろ! お前ここで捕まったら終わりなんだぞ!
まさみ この金取られても終わりじゃないか!
秀樹 だから……
まさみ なに……
秀樹 あれだよ……睡眠薬。睡眠薬まだ余ってないか。
まさみ ……ある。
秀樹 あいつに飲ませんだよ。
まさみ どうやって?
秀樹 だから、(やや怒鳴り声で)砕くかなんかしてカップ麺に混ぜればいいだろ!
まさみ そんな怒んないでよ、あたしも混乱してんだから!
秀樹 いいからとにかく行けよ!
まさみ でも睡眠薬飲ませてどうすんの?
秀樹 わかんねえよ! 飲ませてから考えるんだよ!
まさみ ……
秀樹 行け。
まさみ はい……!(去ろうとする)

 岡内が現れる。

岡内 あれ、もうカップ麺できました?
まさみ あ……あの……すみませんこれから、
岡内 お願いします。
まさみ はい。

 まさみは去る。

岡内 うん、働き者だ。いい奥さんですね。
秀樹 ええ、

 岡内、警棒を抜く。
 警棒をいじりながら、歩き回る。

岡内 お名前は?
秀樹 え? あー、山田です。
岡内 山田さん、人は、なぜ犯罪を犯すのか、わかりますか。
秀樹 さあ。
岡内 それはね、何かが欲しいからですよ。
秀樹 ……。
岡内 食べ物が欲しい、金が欲しい、快感が欲しい、あるいは安らぎが欲しい。
秀樹 ……。
岡内 欲しくて欲しくてたまらないのに、どうしたって手に入らない。そんなとき、人は犯罪を犯すんです。
秀樹 ……。
岡内 あなたは一体何が欲しいんです?
秀樹 ……あなたこそ何が欲しいんです?
岡内 ……。
秀樹 人ん家入って食べ物要求して、これ犯罪ですよね? あなたは何が欲しいんです?
岡内 食べ物ですよ。
秀樹 じゃあ、食べたら帰ってくれます?
岡内 ……失礼。食べ物だけじゃありません。私はすべてが欲しい。食べ物も、金も、権力も、全て欲しい。しかしね、私が一番欲しいのは自由。何者にも邪魔されない自由ですよ。
秀樹 ……。
岡内 あの奥さんとは、どこでお知り合いに?
秀樹 さあ?
岡内 いや、あの人奥さんじゃないですね。
秀樹 ……?
岡内 あなた、左手の薬指になにしてます?
秀樹 ……。
岡内 彼女は何もしてなかったな。
秀樹 だからなんですか?
岡内 ……
秀樹 あなたは何が言いたいんです?
岡内 ……。

 まさみが登場する。

まさみ お待たせしました。
岡内 随分待ちました。
まさみ (声と手を震わせて)すみません、どうぞ……。
岡内 じゃ、いただきましょう。

秀樹とまさみが見守る中、岡内はカップ麺を食べようとする。

岡内 おっと?
秀樹 ……。
まさみ ……。
秀樹 なにか……?
岡内 カレー味ですか。
まさみ ……はい……。
岡内 (箸を置く)
まさみ ……。
岡内 私、カレーだめなんですよ。
秀樹 ……。
まさみ ……。
秀樹 ……刑事さん、僕にもね、欲しいものがあるんです。
岡内 ……。
秀樹 僕は小さい頃からいじめられてました。
岡内 ……。
秀樹 ドンくさい、失敗作、存在が無駄、
岡内 ……。
秀樹 でも耐えました。大人になったらあいつらよりいい人生を送ってやるんだって。
岡内 ……。
秀樹 でもあいつらの方がいい人生送ってんだあ!
岡内 ……。
秀樹 家じゃ尻に敷かれて、会社じゃ怒鳴られて、
岡内 ……。
秀樹 (カバンから拳銃を取り出して)でもね、僕は強くなったんです。
岡内 ……。
秀樹 僕もあなたと同じですよ刑事さん。僕も自由が欲しい。なにものにも邪魔されない二人だけの自由が。
岡内 ……。
秀樹 僕はこれから桃源郷に行くんです。だからここで捕まるわけにはいかないんですよ。
岡内 かっこいい拳銃だ。
秀樹 ……。
岡内 どこで手に入れたんです?
秀樹 さあ?
岡内 おもちゃ屋ですか?
秀樹 ……。
岡内 (自分の胸ポケットに手を入れて)こっちは本物ですよ。
秀樹 ……。
岡内 ……。
秀樹 刑事さん、僕には欲しいものを手に入れる資格はないんですか。
岡内 欲しいものを手に入れるためには、知恵が必要なんですよ。
秀樹 (カバン抱き込むようにして)刑事さん、
岡内 ……。
秀樹 これね、全部はダメなんです。全部はダメなんですよ。
まさみ ちょっと。
秀樹 いいんだよ!(岡内に)あの、全部はダメなんですよ。全部はダメなんですけど、(カバンを開いて、金を取り出す)百万。
岡内 ……。
秀樹 (更に金を取り出して)二百万。
岡内 ……。
秀樹 (更に金を取り出して)一千万。
岡内 ……。
秀樹 悪い話じゃないと思うな。
岡内 ……バッグ、何入ってるんですか?
秀樹 見りゃわかるでしょう。
岡内 いや……(女のバッグを顎で示して)そっちですよ。
まさみ ……。
秀樹 なんでしょうね?
岡内 失礼しました。(帰ろうとする)
秀樹 え、え、なんです?
岡内 帰るんです。
秀樹 ……。
岡内 食べ物もないし。
秀樹 やだなあ。そりゃないですよ。
岡内 ……。
秀樹 教えたら、一千万、受け取ってくれます?
岡内 いいですよ。
秀樹 ……(女のバッグを指差して)ノコギリ……。
岡内 ……。
秀樹 と、私の妻です……。
岡内 ……。
秀樹 一千万、受け取ってくれます?
岡内 ……。
秀樹 それとも、刑事さんも、(バッグの中に)入ります?
岡内 ……。
秀樹 なんつって、
岡内 いいんですよ。あなたが入っても。
秀樹 ……。
岡内 (札束を受け取って、少し笑って)ご協力、感謝します。

 岡内は去る。

秀樹 やったよ。俺やったよ。
まさみ ……。
秀樹 これで、ふたりだけの、夢の生活ができるんだ。
まさみ ……行こう。
秀樹 ちょっと待って、
まさみ なに。
秀樹 なんか、腰ぬけちゃって。
まさみ はあ?
秀樹 いや、あの、あれ?
まさみ 先に車に積んどく。
秀樹 おう。
まさみ (車の)キー。
秀樹 おう。(渡す)

 チャイムが鳴る。

秀樹・まさみ ……。

 もう一度チャイム。
 「すみませーん」という声。

まさみ (秀樹を見る)
秀樹 ……。

 もう一度チャイム。
 「すみませーん」という声。

まさみ (入口付近で相手を伺う)……。
秀樹 ……。

 もう一度チャイム。
 「すみませーん。ドア開けますよ。」という声。

 まさみは男のカバンを持って去ろうとする。

秀樹 おい……
まさみ だからあんたはドンくさいんだよ、失敗作!

 まさみは去る。

秀樹 え、あ、(まさみをを追おうとするが腰が抜けて動けない)くそ……。

 警察が現れる。

警察 失礼します。わたくし、北警察署の岡内といいます。
秀樹 ……。
警察 ここに妙な人物が訪ねて来ませんでしたか?
秀樹 はい……?
警察 最近、ここらで警察を装った人物が家に押し入って食べ物を要求する事件が起きているんですが。
秀樹 ……。
警察 ご存知ありませんか。
秀樹 ……いや……
警察 そうですか。(秀樹に近づいて小声で)どうも私の名前を使って犯行を行っているようで、こっちはひどく迷惑しているんです。(戻って)もし見かけましたら署の方までご連絡ください。ご協力感謝します。

 警察は去る。

秀樹 ……。

 少しして、残されたカバンが目に入る。
 秀樹はカバンを少し開けて、カバンに語りかける。

秀樹 なあ……俺も行くよ。

――幕

作・小佐部明広